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なるにわ ぶろぐ

「なにものか」でなくともよい場所、なるにわのブログです。
なるにわの活動、づら研などについて
おもに、コーディネーターの山下耕平が書いてます。

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カテゴリー「声」の記事一覧

いじめ手記

このところ、コムニタスのメンバーで、言葉で表現し始めた人が増えた。詩集を自分で印刷して10円で売っている人もいれば、手記をつづっている人もいるし、こちらからニューズレターの原稿に依頼した人もいる。そんな「声」を、紹介していきたい。今回は、MYさんの、いじめについての手記。いじめ経験がこうして言葉になるまで、じつに9年もかかったと、MYさんは言う。この手記は『Fonte』に寄稿し、最新号(12/15号)に掲載された。編集部の許可を得て、ここにも転載させていただく。

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 いじめで実際にあったことです。
 中学1年生のとき、「服がださい」と不良の男子生徒に目をつけられたのが最初でした。「きしょい」と言われ、それから、だんだんほかの生徒からも「Mってきもい」と言われるようになりました。
 仲がよかった女子生徒からまで、「Mさんって最初はよかったけど、なんかなぁ……」と言われはじめ、「きもい」「ブス」「デブ」「よごれ」「もののけ」「学校来るな」など、たくさんイヤな言葉を言われました。横を通るたびに言葉の暴力をあびせられ、授業中も、わざと聞こえるように悪口を言われました。仲がよかった人も、不良のリーダーには逆らえず、だんだん「悪魔」になっていきました。

 中2のときのことです。私がある男子生徒に“気がある”とウワサされたり、男子生徒がニヤニヤしながら私をじっと見てきて、私が顔を真っ赤にすると「こいつなんか顔赤くしてるし、どう思う?」とからかわれたりしました。思春期に、深く傷つくことでした。
 中2になっても、言葉の暴力は続いていましたが、ほかにも、バットで「ドンドン!」と音を立てて脅されたり、音楽の時間や友人と組まないといけない時間にも、私はひとりでした。
 一番ひどいいじめが中2のときでした。

 中3のときのことです。文化祭の踊りの練習中、男子生徒が横に来て、笑ってバカにしながら私が踊るのをマネしました。私を見て「ぎゃははは! ブッサイク。こいつ友だちおらんねんで」と笑います。そして、「うわーMや! 弁当食ってる」「きもいブッサイクー!!」など、文化祭の舞台の上で、私は全校生徒のさらし者になりました。笑いの渦に巻き込まれ、体が動かなくなりました。

 ひどい言葉をあびせたり、怒鳴りちらしたり、精神攻撃をしてきた生徒は覚えているだけで31人! あいつらの顔は全員、忘れません。3年間をみじめな思いですごした私の気持ち、あいつらにはわからないでしょう。
 教師も「よくがんばったね」といっても、いじめがある事実は無視していました。知っていても、「生徒の数が多すぎてM一人を守っても利益にならない」からです。大勢相手に、ひとりが勝てるわけがありません。逃げることもできず、私はとても苦しみました。
 
●希望校に入ったが
「こいつらから離れてやる」と思って、高校受験は、がんばってがんばって勉強をしました。その結果、希望校に合格し、高校は楽しい日々でした……が、「心の傷」が出てしまいました。
 うつ病になりました。毎日「学校に行きたい」でも「体が動かない」。これ以上、学校という場所にいると死んでしまうから魂がSOSと叫んでいるんだなと思い、不登校に。それから3年ぐらいは、ずっと死ぬことを考えていました。地獄でした。
 自分の顔を見ると「整形したい」と思い、外に出られませんでした。イライラして苦しくて、ずっと死ぬことを考える、うつという苦しみ。
 同じ歳の子どもたちが制服を着て学校に通うのを見ると心が泣きそうでした。楽しいはずの高校に通いたい! なのに精神が字を拒絶して字が読めない。吐き気や下痢、体の症状……3年間、地獄が続きました。夜中におやつをたくさん食べました。ストレスがすごすぎて、死から逃れたいからおやつを食べ、太りたくないから吐く。

●魂のブレーキ
 その後、18歳ぐらいから無気力期に入りました。何もする気がなく、ボーっとして、ずっと眠いままでした。脳がぼけていました。
 21歳ぐらいになって、やっと意識が戻りました。しかし、それと同時に、同級生のフラッシュバックがおこりました。同級生に出会ったりすると、またうつがでました。このときは、涙が止まらなかったり、砂をかむようでご飯の味がしなかったり、体重が減ったりしました。でも、まだ以前の地獄と比べると楽でした。私の魂が「これ以上、学校や同級生といっしょにいると死んでしまう」と思って、ブレーキをかけていたんだと思います。
 心の病気の人々は、自分を責めます。でも、責めないでいいんです。魂がブレーキをかけているんです。正常な反応です。
 23歳になったいま、やっと、こうして言葉にすることができました。今は体も心も安定し、バイトを週4日、できるようになりました。
 私は負けない、私をいじめた人には。

・いじめをしている人へ
 誰か一人をいじめていれば、自分が助かるかもしれない。でも、その一人がいなくなれば、次はあなたかもしれない。結局、すべては自分に帰ってきます。
 
・いま、いじめられてる人へ
 逃げましょう。逃げて逃げて、逃げましょう。学校だけがすべてじゃないです。世界はもっと広いです。高校は単位制も通信制もあるし、職業も、職人や飲食関係など学歴のいらない仕事はいっぱいあります。
 私は、不思議なことに、心の病になってよかったと思う。人の痛み、同じように苦しんでいる人の気持ちがわかった。けっしてこの経験はムダにはならない。よかったなと思います。
M・Y(大阪府・23歳)
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高岡健さんからのメッセージ

第1期募集開始にあたって、参加者やアドヴァイザーの方から、メッセージをいただきはじめている。
今回は、アドヴァイザーの高岡健さん(精神科医)の声を掲載する。

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ぎすぎすとした、嫌な世の中になってきた。こういう時こそ、自分の頭で考え抜くしかない。
真実のように見える嘘がある。嘘のように見える真実もある。幼いころの室生犀星は、野町尋常小学校で教師からいわれなき罰を受けたとき、「私はなぜこんなところで物を教わらなければならないか」と悩み、「ただ心の底深く私が正しいか正しくないかということを決定する時期を待っていた」(『幼年時代』)。今は、あなたたちがそれを、決定することになるだろう。

もう少し、うろうろしてみたい。(魚付)

第1期募集開始にあたって、参加者やアドヴァイザーの方から、メッセージをいただきはじめている。
今回は、参加者のHN魚付さんからの声。

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私は思い込みやすい人間なので、いろんなモノの見方があることを忘れないように…と、去年コムニタスのゼロ期に行くことを決めた。予想通り、いろんな人が居た。活動のなかには現場プロジェクト(活動内容参照)というのがあり、私もせっせと参加。いろいろ考えてから行ったところや何も考えずに行ったところがあるが、終わってみればすべて興味深かった。自分が知らないところで、自分に関係していることが深刻な事態になっているなんてことは、いくらでもありうるのだ。
さて。
それらの実際を目の当たりにし、自分はどうするのか、どうつながっていくのか、これからどう生きていくのか。
AにもBにも偏りたくない。でもそんな自分は、ほんとはどちらのことも全然わかっていないのかもしれない。
今はたぶん、考え動くことが面白くなってきて、そのままでいられるほうに私は進んでいる。
だけどそれはいつ終わるか分からず、1人ではあまりに非力である。
“ゆるやかなネットワーク。軽やかなフットワーク”という恩師のスローガンに、今さら共感しつつあるこのごろ。
「揺れる自分をやめなくていい」と言ってくれる場所たちを足場に、もう少し、うろうろしてみたい。(魚付)


「使い捨てられるな。コロサレるな」 上田假奈代さんからのメッセージ

第1期募集開始にあたって、参加者やアドヴァイザーの方から、メッセージをいただきはじめている。
今回は、アドヴァイザーの上田假奈代さん(闘う詩人・詩業家)の声を掲載する。

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●使い捨てられるな。コロサレるな。 
 一回性の人生を他人に任すんじゃなく、自分でひきうけよう。

ニート、ひきこもり、フリーターといった言葉が数多くみえる。わたしの職場にも毎日のように生きがたい人たちが現れる。若者だけではなく、中高年リストラ組、ひきこもり歴○十年、不安定雇用の大人たちも来る。それぞれの悩みは根深く、家族や個人だけで解決できないが、かといって彼らがはつらつと生きる体制は整っていない。私は彼らに何がなんでも就業したほうがよい、とは思わない。なぜなら、仮に彼らが就業したとしても、その就業先が真っ当な働き場でなく使い捨て工場だとしたら。斡旋する側はまるで戦時中の女性の役割を担うことになる。戦時中、女性たちは傷ついた兵士をケアし、戦場に送り返していた。当時、それが立派な女性の役割だと信じられていたからだ。社会の真義は時代によって変わるが、人間が生きて死んでいく当たり前の一回性は社会体制がどうであろうと変わらない。
もちろん、彼らのぐだぐだした愚痴につきあうのは正直面倒なときもある。働くことが誰かの役に立つ喜びとなり、経験が人生の喜びとなると思う私は、孤立するよりもゆるやかにつながることをすすめたい。この社会で生きやすくなる働き場が増えるよう働いていきたいし、そんな職場を自らつくる若者たちが増えてほしい。
若者たちには「使い捨てられるな。コロサレるな。一回かぎりの人生を他人に任すんじゃなく、自分でひきうけよう」と呼びかけたい。
(上田假奈代/詩人・NPO法人こえとことばとこころの部屋代表)


浜田寿美男さんからのメッセージ

第1期募集開始にあたって、参加者やアドヴァイザーの方から、メッセージをいただきはじめている。
今回は、アドヴァイザーの浜田寿美男さん(奈良女子大学教員)の声を掲載する。

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みんなが走っていて、自分ひとり走るのをやめてしまうと、たちまち取り残される。だけど走っているみんなに、「なんで走っているの?」と聞くと、誰もが「えー?」と言うだけで、まともに答えないまま走り続ける。そんなレースをやっているのではないかという気がします。あるいは、みんなが勉強はしなければならないということになっていて、自分ひとり勉強をやめると、たちまち取り残されるように思えてしまう。だけど勉強しているみんなに、「なんで勉強しているの?」と聞くと、誰もが「えー?」と言って振り返り、そのうちの正直な何人かが、「でも、勉強しなければ、将来どうなるか、わからないじゃない?」と答えて、やっぱり参考書と問題集に顔を埋める。そんなレースをやっているような気がします。そうだとすれば、立ち止まるのも勇気です。そして自分なりの一歩を考えて、そっとその足を踏み出すのも、また勇気です。ちょっと考えれば錯覚だとわかっていることでも、みんなが錯覚していれば、その錯覚から抜け出すのは大変なことですから。でも、どうかゆっくりと、君自身の一歩を!(浜田寿美男/奈良女子大学教員)

森岡正博さんからのメッセージ

第1期募集開始にあたって、参加者やアドヴァイザーの方から、メッセージをいただきはじめている。
今回は、アドヴァイザーの森岡正博さん(哲学者)の声を掲載する。

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いつの時代でも、若者こそが希望だ。君たちこそが、次の時代をつくっていくのだから。目立つところで、目立たないところで、君たちはこれからわれわれの知らない社会をつくっていく。それはすばらしいことだと思う。君たちはきっといま展望の見えない人生を送っていることだろう。そのことは君たちにとって不安と焦燥の種だろう。自分がはたして社会から必要とされている人間なのかどうか、あるいは自分がほんとうに誰かの役に立つ人間になれるのかどうか。それを考えると、居ても立ってもいられなくなることだろう。
 しかし未来はわれわれにではなく、そのような混沌のなかで呻いている君たちのほうにある。君たちは、われわれが長い年月をかけて培ってきた知恵など、せせら笑って生き延びていくがよい。君たちは、われわれとは違ったふうに生きる権利がある。われわれからすれば想像もつかないような、そういう変容を君たちが身をもって生きられるというところにこそ、人間の崇高がある。言い換えれば、いま真っ暗で先がまったく見えないことこそが、崇高な人間の姿なのである。君たちこそが希望なのだ。
(森岡正博/大阪府立大学教授)


本田由紀さんからのメッセージ

第1期募集開始にあたって、参加者やアドヴァイザーの方から、メッセージをいただきはじめている。
今回は、アドヴァイザーの本田由紀さん(『ニートって言うな!』共著者)からのメッセージを掲載する。

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いまの若い人たちを取り巻く状況にはさまざまな問題があります。私がそのなかでとくに重要だと思うことのひとつは、社会状況が大きく変化していて流動性や不透明性が高まっているにもかかわらず、何が「標準」で「普通」で「まとも」かということについては旧い規範や価値観がいまだに――とくに年長者のあいだで――支配的であり、そうした規範や価値観が若い人の新しい感じ方や試みをしばしば圧しつぶしてしまうということです。もうひとつは、家族や学校、職場など、個々の社会領域がそれぞれの内部に閉ざされがちであり、しかもそれぞれが固有の目標や目的――たとえば家族のなかでは「親の言うことをよく聞くよい子」を育てること、学校のなかでは高い成績をとること、職場のなかでは収益をあげること――の追求に邁進しているため、個人にとってはとても息苦しい状態になってしまうことが多いということです。いま、必要なのは、そうした既存の社会領域とは異なる自由度の高い場を設け、そこで既存の規範や価値観にとらわれることなく個々人が自分の率直な思いや展望を表現し合い、それを通じてやがては新しい個々人の生き方や社会の仕組みをつくりだしていくことだと思います。実際にそうした試みは社会のあちこちで始まっています。コムニタス・フォロもそのような大切な試みのひとつであることは言うまでもありません。ここから柔らかい若草が萌え拡がるように、この社会を変えてゆく動きが始まってゆくことをこころから期待します。
(本田由紀/東京大学社会科学研究所助教授)

僕は生きています。(ムカイ コウユウ)

第1期募集開始にあたって、参加者やアドヴァイザーの方から、メッセージをいただきはじめている。
パンフレットやホームページにも掲載するが、ブログにも1人ずつ掲載していくことにした。
まずは、参加者のムカイさんの「声」から。

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僕は生きています。

まちがいなくこのヘドロのような社会のなかで生きているのですが、自分(内界)と社会(外界)の距離感がうまくつかめず、そう感じてしまう自分がダメなんだと思い、なんでもっと簡単に生きることができないのだろうと自己嫌悪になって十数年、このまま苦しみ続けるのはガマンならないと考えていたころ、コムニタスに出会いました。
 当初は求めるばかりで、のんびりした山下さんや場の空気に拍子抜けし(何か変えてもらえると思っていたかも)、仕事が休みの日を利用して会費まで払っているんだから、その見返りに得るモノがなければここに来る意味がないとも思っていました。
しかし求めるのを止め、ただ居るだけでもいい、会費も自己投資のつもりでと考えるようになってからは、自然と自分のなかで変わりゆく『何か』を感じはじめました。
サロンの日は帰ったあと、その日話し合ったことを思い出し(死刑の是非、ホームレスや雇用問題、サンタの歴史なんてのもあった。ほかにも、あまりにくだらないキュートな話題は数知れず……)、それまでの考えを改めることもあれば、確信できたり、これまで以上に自分を見つめ、向き合うきっかけとなり、何を欲していて、これからどのように社会と関わりたいのかを認識することができました。
ここにはいろんな考えを持ち、いろんな環境を経てきた人が集まってくるので、難しいこともあるでしょうが、上っ面だけの殺伐とした関係になりがちなこの世の中において、「ほっ」と温かくなれる数少ない『場所』です。
(ムカイ コウユウ)


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自己紹介:
「なにものか」でなくともよい場所、なるにわ(NPO法人フォロが開いてます)。毎週土曜日の午後にサロンを開いているほか、づら研(生きづらさからの当事者研究会/月に1回)、終末ティータイム、冊子『もじにわ』刊行、なるにわラジオ配信などの活動をしています。ブログは、おもにコーディネーターの山下耕平が書いています。

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