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なるにわ ぶろぐ

「なにものか」でなくともよい場所、なるにわのブログです。
なるにわの活動、づら研などについて
おもに、コーディネーターの山下耕平が書いてます。

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カテゴリー「意見・アピールなど」の記事一覧

フリースクールで大事にしている7つのこと。

フォロでは、フリースクールで大事にしていること、親と分かち合いたいことを、それぞれ「7つのこと」として言葉にしてみました。オープンソースのように、自由に改変応用して使ってもらえればと思って作成したものです。
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●フリースクールで大事にしている7つのこと(β版 2013.09.08 NPO法人フォロ作成)

1.居場所
  子どもが安心して居られる場所であることを大事にしてます。

2.“自分”でいられること
  子どもの自主性、気持ちを大事にしています。
  言い換えるなら、子どもが“自分”でいられることを大事にしています。
  “自分”が大事にされることで、“他者”も大事にできます。

3.信頼関係
  スタッフは上の立場に立つのではなく、メンバーとの信頼関係を大事にしています。
  ルールも、スタッフが一方的に決めるのではなく、自分たちでつくります。

4.もめごと
  ときには、トラブルやもめごともありますが、もめごとこそを大事にしています。
  なぜなら、もめごとからこそ、関係を真剣に考え、場を深めることができるからです。

5.いろんな子がいるということ
  いろんな子どもたちがいます。発達障害など知識や配慮の必要な場合もありますが、まず診断名ありきではなく、子ども自身との出会いを大事にしています。

6.いろんな価値観との出会い
  教科学習の応援もしますが、学びを広く捉え、子ども自身が関心・興味を深めることを応援します。いろんな価値観との出会いを大事にしています。

7.揺れること
  とはいえ、不安や悩みは尽きませんが、まっすぐ進むのではなく、右往左往すること、揺れることも大事にしています。

◎つまり、シェアする(分かち合う)ということ
 フリースクールでは、知識も、価値観も、上から押しつけるのではなく、子どもたちとシェアしたいと思ってます。大人が子どもに伝えられることもあれば、子どもから大人が学ぶこと、子どもどうしが学び合うこともあります。
 また、診断名で子どもを決めつけたりはしませんし、子どもどうしのトラブルも、上から裁くようなことはしません。子どもたちの苦労や悩みも、いっしょにシェアして考え合っています。
 フリースクールは、おもしろいことや、ためになること、もめごとや、つらいこと、悩みごと、いろんなことをシェアする居場所です。


大阪市家庭教育支援条例案と条例・法律による「親学」推進に関する緊急アピール

大阪市家庭教育支援条例案と
条例・法律による「親学」推進に関する緊急アピール
 
 5月1日、大阪維新の会大阪市会議員団が「家庭教育支援条例」の議会提出を検討していると公表し、各方面から批判が続出、7日には白紙撤回を表明した。しかし、この条例案は根本的に大きな問題と危険をはらんでいる。また、条例案の背後には国政での動きもある。この4月には超党派国会議員による親学推進議員連盟が発足しており、「『親学』を推進する法律の年内制定を目指し、政府に推進本部を設置することや、地方自治体での条例制定、国民運動の推進」を謳っている。大阪だけの問題ではないのだ。私たちは、大阪市条例案の完全撤回を求めるとともに、この条例案の出処である埼玉県など他の自治体における「親学」推進の取り組み、国会における議員連盟の動向にも強く懸念を表明する。
 
 同条例案は「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発」「それが虐待、非行、不登校、引きこもり等に深く関与している」「親心の喪失と親の保護能力の衰退が根本問題」「わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できる」としていた。
 問題は発達障害への無知にとどまるものではない。不登校、ひきこもり、虐待、非行など、子どもに関わる問題を十把一絡げに列挙し、その原因を「親心の喪失と親の保護能力の衰退」に求め、親への強制をともなう教育を謳っていたのだ。これは暴論と言わざるを得ない。
 たとえば不登校は、80年代までは本人の「神経症、消極的な性格」や「父親に男らしさが欠ける」など親の養育態度の問題とされていた。そこでは、子どもが不登校というかたちで訴えた問いが、個人の資質や家庭環境のせいにされてしまっていたのである。しかし、1992年には文部省も「誰にでも起こりうる」と認識を転換している。子どもが行けなくなるような学校のあり方を問わず、親の養育態度の問題とのみ捉えるのは時代錯誤というほかない。この条例案は、個々の問題への見識がないままに、すべてを短絡的に「親心の喪失と親の保護能力の衰退」に結びつけている。
 もっとも、前文に書かれた「子供の『育ち』が著しく損なわれている今日、子供の健全な成長と発達を保障するという観点に立脚した、親の学び・親育ちを支援する施策が必要とされている。それは、経済の物差しから幸福の物差しへの転換でもある」という問題意識そのものには、共有できるものがある。しかし、「親の学び・親育ち」と言いながら、その内実は道徳的に現在の親を断罪し、「伝統的子育て」の復権を説くものでしかない。また、親学推進協会の考えを受け売りしているもので、特定団体の思想を全面的に行政が支援し、条例によって家庭に介入し、価値観を押しつけるものとなっている。
 親を支援しようというのならば、「親心」を「教育」するのではなく、親の置かれている状況を改善し、子育て支援策を拡充するものでなければならないはずだ。しかし、大阪市は、学童保育への補助金廃止や子どもの家事業の廃止、ファミリーサポート事業の縮小など、次々に子育て支援策の縮小削減を打ち出している。実際には、行政が親を追いつめているというのが現状だ。
 「親心」を「教育」するなどという、しかも強制をともなう条例など、いらない。私たちは条例案の修正ではなく完全な撤回と、「親学」推進の中止を求める。また、「子供の健全な成長と発達を保障する」というならば、子どもに関わる事業の縮小削減を取りやめ、むしろ拡充することを求める。
 
2012年5月8日
特定非営利活動法人フォロ、不登校政策を考える市民ネットワーク大阪、結空間、小野洋(スロースペース・ラミ代表)、住友剛、中尾安余(結空間)中林和子(ふぉーらいふ)、花井紀子(フォロ代表理事)、宮田裕介、南口洋、宮野善靖(フォロ理事)、山下耕平(フォロ・全国不登校新聞社)、山田潤(学校に行かない子と親の会・大阪)、吉田充伸、湯上俊男(フリースクール・フォロ)、神戸フリースクール、子育て・不登校支援ネット クロスロード、嶋田香弥子(クロスロード代表)、伊藤慶子、伊藤樹、貴戸理恵、谷口志津江、村上悦子、島野加代子、おーまきちまき
 
※順次賛同者は列記します。

→PDF版

大阪市トンデモ条例について-3

トンデモ条例を起草した人は、発達障害について無知なだけではなく、ここに列挙された不登校、ひきこもり、虐待、非行などについても、まじめに考えたことはないだろう。つまりは、ムカツキを吐き出すための異物としての記号でしかないのだ。だから、それぞれの文脈に即してみればトンデモな暴論が、堂々と述べられている。当事者や直接関わりのある立場から、その乱暴さをきちんと批判しておく必要はあるだろう。正直、話が通じる相手には思えないので、疲れる作業にはちがいないけれども……。
 
ただ、誤解を恐れずに言えば、このムカツキそのものは、共有してしまってよいと思う。過去を幻想的に美化するのはまちがいだが、条例案を否定したいがために、現状を肯定する(昔より今のほうがマシ)という図式では、たとえ条例案を引っ込めさせても、出た頭を叩いたことにしかならないだろう。
 
第一、「親学」だとか言っているのは、維新の会単独ではない。国会議員超党派の議員連盟(安倍晋三会長)がこの4月に発足し、“「親学」を推進する法律の年内制定を目指し、政府に推進本部を設置することや、地方自治体での条例制定、国民運動の推進”をうたっている。トンデモ条例などと笑っていられない状況だ。
 
ハシズムを支えているのも、現状へのムカツキだろう。ハシズムを嘲笑しても、勢いは止まらない。ムカツキの根に届く言葉が、しかも安易な幻想ではない言葉が必要だ。

大阪市トンデモ条例について-2

このトンデモ条例の逐条について、松永英明さんという方が下記サイトでかなり的確に批判している。
 
なので、ここでは少し別の角度で考えてみたい。
このトンデモ条例をトンデモと思う人が大勢ならいいのだが、世間一般ではどうだろう。ここで問題視されている発達障害や不登校、ひきこもり、虐待、非行の当事者や実際に関わっている人ならば、トンデモと思うだろうが(そうあってほしい!)、世間的には、「やっぱり親が問題だからね」で受けいれられてしまいそうな気がして怖い。
 
トンデモ条例は、いまの子どもの問題と思われるものを列挙して、すべて「親心の喪失と親の保護能力の衰退」のせいにして、伝統的子育ての復権を説く。ここには、いまの社会への不安やムカツキがあるように思える。古い共同体は解体され、核家族さえもバラバラ、個々人が砂のように結びつきを失って、消費者としてしか生きられない。商品価値のない人は存在価値がないような社会で、自分という存在がどこにも受けとめられない不安、渇きがある。このムカツキは、よくわかる。私のなかにだってある。
 
問題なのは、このムカツキから、一部の「問題」とみなす人を排除し、過去を幻想的に美化して、復古を唱えていることだろう。それは心情的には受けいれられやすい。自分を問わずにすむし、不安やムカツキを簡単に吐き出せるから。トンデモ条例はほんとうにトンデモなので叩かないといけないが、こういう構図があるかぎり、モグラ叩きみたいなもので、いくら叩いても別のトンデモが出てくるだろう。
(つづく)

大阪市トンデモ条例について-1

大阪維新の会の大阪市会議員団が「家庭教育支援条例」なるものを市議会に提出しようとしている。
 
いわく、「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発」していて、「それが虐待、非行、不登校、引きこもり等に深く関与している」、「親心の喪失と親の保護能力の衰退」が根本問題で、「わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できる」というもの。
 
あまりのトンデモ条例に、ツイッターなどネット上では非難ゴーゴーだ。条例案は基本理念のひとつに「発達段階に応じたかかわり方についての科学的知見を共有し、子供の発達を保障すること」としているが、どこの誰がなんの科学的根拠があって、こんなことを言うてるのかと、出処が気になったので、ネット上で情報をたどってみた。
 
根拠とされているのは、高橋史朗(明星大学教授)という人の学説で、高橋氏は親学推進協会という財団法人の理事長をしている。この協会には、櫻井よしこ、林道義、長田百合子なども名前を連ねている。また、高橋氏は埼玉県の元教育委員長で、埼玉県知事も影響を受けているようだ。
 
さらに、この4月には、国会議員の議員連盟もできている。会長は安倍晋三で、40~50名の議員が名を連ね、「家庭教育推進法(仮称)を制定することと、国民運動的に親学を広げるバックアップを目的としたい」という。大阪市単独の動きではないのだ。万一、大阪市で条例が可決されてしまったら、法律化に進んでしまうだろう。これはちょっと黙っていられない。
(つづく)

オルタナティブ教育法案への意見

フリースクール全国ネットワークから、オルタナティブ教育法案(骨子)というものが送られてきた。1年ほどかけて、議員や学者などとも懇談し、練ってきたものだという。
フリースクールを制度的に位置づけて公的な助成を得たいという気持ちはわかるが、私たちはこの法案には強い危惧を抱き、以下のような意見を送った。おそらく賛否ふくめ、さまざま意見がこの法案にはあることだろう。今後も議論を重ねていくようなので、みのりある議論が展開されることを期待したい。

※このブログでは法案へのリンクを貼り、意見募集先のメールアドレスを載せていたが、まだ同ネットワーク内での意見募集だったとのことで、訂正とともに、リンクを外させていただいた。関心のある方は、直接、フリースクール全国ネットワークにお問い合わせいただきたい。
…………………………………………………………………………………………………
オルタナティブ教育法案への意見

                                                                                                                    2010年2月2日
                                                                                                                    NPO法人フォロ

結論から述べると、私たちは、この法案の作成そのものに反対である。以下、その理由を述べる。

日本におけるフリースクール・フリースペースなどは、教育機関としての役割よりも居場所としての役割を大きく果たしてきたと私たちは考えている。もちろん広い意味での学びは、居場所のなかにもあって、それは大事なことにちがいない。しかし、フリースクールなどが、教育機関として認定を受けようとすることは、その広い意味での学びを自ら狭め、教育的な評価視線を居場所に介入させ、居場所を損なう結果となることを危惧する。

この法案は前文において、不登校の解決を趣旨として掲げている。そのことに、まず無理があるのではないだろうか。法案は、現在の日本において学校教育のみが義務教育の制度となっていることを問題としている。そうした状況が不登校への対応を「学校復帰」のみに限定させ、子どもに自己否定感や罪悪感、劣等感を持たせてきたと指摘している。そうした現状に対し、多様な個性に見合った教育選択ができるようになれば「自己肯定度はぐんと高まる」と言っているが、はたして、ほんとうにそうだろうか。不登校は一本しかない学校への拒否でもあるが、それ以前に、「教育」を通じて人が選別化されるシステムそのものへの、身体の奥深くからのノーサインではないか。そのシステムが多様化し、複線化したところで、不登校からの問いに応えることには、まったくならないだろう。

法案は「子ども中心の教育」を認定フリースクールの要件としており、批判はあたらないと言うかもしれない。しかし、認定要件は外形的なものにならざるを得ず、「教育」的な効果(たとえば学力テストの結果や進学率、就職率など)ばかりで判定されることとなってしまうのではないか。

また、法案は、フリースクールやホームエデュケーション家庭が「学習内容および学習環境の水準を維持する義務を負う」としているが、その「水準」とは何なのか。「水準」を満たさず、外形的な評価は得にくいけれども、地道で大事な活動をしている居場所や家庭は、かえって苦しい立場に追い込まれてしまわないか。とくに家庭に対して、こうした「水準」を課すことは、家庭に教育的視線を介入させ、教育家族化(芹沢俊介)を強化することにしかならないのではないか。法案作成者に、そういう意図があるとは思わないが、作成者側の意図を超えて、そうした結果につながることを強く懸念する。

私たちは、教育制度を柔軟化・多様化すること自体を否定しているわけではない。それはそれとして、追求する意味はあるだろう。しかし、それは不登校という現象とはズレてしまう面があるのではないだろうか。


この社会のなかで、経済的な価値と無縁で生きていくことは難しい。学歴が人の商品価値の評価軸となっている現実は厳然とある。いまや、学歴だけではなく、無限に商品価値を求められるようになっている。不登校というのは、そうした社会状況に対する生命の反応としてあらわれている現象ではないか。そして、フリースクールやフリースペース、親の会などは、そうした価値観を根本から問い直し、子どもを教育的な評価軸ではなく、「ありのまま」の存在として受けとめることをうたってきたのではなかったか。

法案は前文において、「自立」「結婚」「社会人」「よき成長」「能力を開花」といった文言を、無前提に使っている。それにあてはまらない不登校経験者の数は膨大にのぼるだろう。フリースクールやホームエデュケーションで育った人でも、そうした当事者の数はけっして少なくないだろう。そして、それは、その人の学びや育ちが悪かったからとは言いきれない。上記のような文言を無前提に使うとき、そうした当事者は否定的な存在として排除されてしまう(くりかえすが法案作成者の意図はそこにないとしても)。子ども・若者の生きづらさは、学校の画一化や硬直化といった視点で捉えきることはできない。

「学校信仰」という言葉があったが、いまや会社も結婚も、かつてのようには信じられるものではなくなっている。極度に不安定な社会で、人が無限に商品価値を競い合わないといけないような社会にあって、子ども・若者だけでなく、多くの人が底なしの不安を抱えさせられている。

不登校という問いに立脚するならば、そうした社会状況への問いとして、いま一度、問い直していかなければならないのではないか。法案の作成は、むしろ自分たちの首を絞めることにしかならないと考える。

以上のような理由から、法案作成そのものに反対を表明する。
 


丹波事件、その後

丹波事件については、その後も、経営者をはじめ職員ら8名が監禁容疑で逮捕されるなど、いろいろ動いている。マスコミでは報道熱もすっかり冷めているが、引き続き、この事件を考えていきたい。

先に採択したアピールは、どうしても抗議調になるので、違和感があるという声がフリースクール関係者からもあった。それは、たしかにわかる。しかし、集会で話し合われたことは、抗議にとどまらず、自分たちの活動のあり方や支援のあり方などを考え合う機会にもなったし、当事者の声をじっくりと聴くこともでき、とてもよかった。

緊急集会については、『Fonte』『人民新聞』、それから『朝日新聞』でもちょこっと取り上げられた。『Fonte』の記事は、近々サイト上でも読めるようになるはずだ。また、京都のコミュニティFM「ラジオカフェ」でも、お話しさせていただいた。こちらはインターネット上でも聴けるので、よかったらどうぞ。
http://npoinhope.seesaa.net/article/107506396.html

このブログ上でも、ちゃんと報告しようと思っていたのだが、Fonteの記事は、かなりの部分を自分で書いたので(ご内密に)、重複してしまうし、横着することに……。

不登校・ひきこもり当事者への暴力を許さない緊急アピール

9月23日に開いた緊急集会で、以下のアピールを採択した。
緊急集会のようすについては、またあらためて報告したい。
…………………………………………………………………
不登校・ひきこもり当事者への暴力を許さない緊急アピール
~丹波ナチュラルスクール事件を受けて~

 入所者への傷害容疑で経営者が逮捕された京都府の丹波ナチュラルスクールでは、事件発覚後、日常的にひどい暴力がふるわれていたことが次々に明るみに出ています。新聞各紙で報道されたところによると、手錠をかけるなど本人を拘束した状態で入所させ、入所直後から暴行を加え、脱出できないよう居住空間にカギをかけて監視し、粗末な食事や過酷な生活環境のなかで、強制労働などを強いていたと言います。3年前には、いやがる少年を無理やり車で搬送していたところ、車内で少年が暴れ交通事故となり、少年を含む3人が死亡するという事件が起きています。長期にわたり、暴力がふるわれ続けてきたことがうかがえます。
 私たちは現在のところ、マスコミ報道によってのみ情報を得ており、どこまでが事実かはわかりません。逆に言えば、明るみに出たのは事実の一端でしかないとも言えましょう。しかし、不登校やひきこもりの子ども・若者を訓練するとして、暴力がふるわれ、ひどい人権侵害が行なわれてきたことはまちがいないと言えます。

 丹波ナチュラルスクールが「フリースクール」と報道されたことについても、偏見や誤解が広がるのではないかと危惧の声があがっています。多くのフリースクールは、子どもの意志や自主性を尊重して活動していることを、私たちは訴えます。また、一部の報道では、フリースクールが法的に定義されておらず、実態も把握されていないことが問題だとされていますが、人権侵害や暴力行為は、それが学校であろうと、塾であろうと、家庭であろうと、許されるものではありません。閉鎖空間が暴力を生み出しやすいのは確かでしょうし、それぞれの場が開かれていることは重要でしょう。しかし、だからといって、フリースクールなどへの管理監督を強化すべきではありません。暴力行為や人権侵害行為など法に触れる行為は取り締まられてしかるべきですが、フリースクールなどの教育内容や場のあり方などにまで、管理監督が及ぶことを私たちは危惧します。

 かつてから、不登校やひきこもりを矯正するという理由で、ひどい暴力が正当化されてきました。そのことに、私たちは強い怒りを覚えます。戸塚ヨットスクール、不動塾、風の子学園、長田塾、アイメンタルスクールなど、暴力や人権侵害を堂々と行ない、ときに入所者が死亡するような事件を起こし、裁判で責任を問われたにもかかわらず、いまなお暴力を正当化している施設は跡を絶ちません。長年にわたってくり返されている、こうした暴力を、私たちは許せません。

 私たちは、今回の事件を受け、以下の点を緊急にアピールします。

一、不登校やひきこもり当事者への一切の暴力・人権侵害を許さない。
一、本人の意思を無視した施設収容は違法行為である。
一、フリースクールなどへの管理監督の強化を危惧する。
一、不登校やひきこもりは本人を「訓練」「矯正」して解決する問題ではけっしてない。支援というならば、当事者の側に立って、その最善の利益を考えなければならない。
一、不登校やひきこもりをはじめ、子ども・若者の置かれている過酷な状況を理解し、無理解や偏見をあらため、社会状況を変革していくことにこそ、官民ともに力を尽くさなければならない。

2008年9月23日
丹波ナチュラルスクール事件から不登校・ひきこもり当事者への暴力を考える緊急集会

【アピールに賛同した参加団体・個人】 (9月30日現在)
学校に行かない子と親の会(大阪)、神戸・アルバトロス、子育て不登校支援ネット“クロスロード”、コムニタス・フォロ、情報センターISIS京都、スロースペース・ラミ、Tea Time(神奈川県)、登校拒否を考える会・静岡、NPO法人京都オレンジの会、ひきこもり文化研究所かめのいえ、フリースクール・フォロ、フリースペースSAKIWAI、ブルースカイ(登校拒否を考える親と子の会)、三重シューレ、結空間、青木洋子(浜松登校拒否親の会)、石井志昂(全国不登校新聞社)、江口怜(神戸大学学生震災救援隊)、岡かおる(ホームスクーリングネット京都・ごしょごしょクラブ)、小野洋(スロースペース・ラミ)、香川和敬(所属:NPO法人フリースクール全国ネットワーク)、倉橋剛(ひきこもりがちな若者のためのフリースペース「おやすみ」代表)、幸野由美子(宮城県仙台市)、小池智央、佐伯太一(コムニタス・フォロ)、佐藤静治、嶋田香弥子(クロスロード)、下城かよ子(フォロNPO会員、関西スクールソーシャルワーク研究会会員)、庄籠道子(佐賀県)、鈴木しょうこ、武久真大(神戸大学学生震災救援隊)、高島一俊(コムニタス・フォロ、高槻市在住)、田口正敏(田口教育研究所主宰・首都大学東京客員研究員)、谷口志津江、谷口由美子 (江別登校拒否と教育を考える会「もぐらの会」)、谷口りり子、谷本千恵、富田尚威(コムニタス・フォロ)、中尾安代(結空間)、永野千津(子どもの権利を考える会共同代表)、野口厚司(千葉県東金市)、野田彩花(コムニタス・フォロ)、野村俊幸(北海道函館市)、花井紀子(NPO法人フォロ)、花井由太、藤室玲治(神戸大学学生震災救援隊)、船槻さやか、ポッターみどり(三重シューレ)、水田信子(明石不登校から考える会世話人)、南口洋、宮田裕介(コムニタス・フォロ)、宮野善靖(NPO法人フォロ)、椋木久美子、山下耕平(全国不登校新聞社、NPO法人フォロ)、山根節美


緊急集会を開きます/丹波ナチュラルスクール事件をめぐって

丹波ナチュラルスクール事件から
不登校・ひきこもり当事者への暴力を考える緊急集会

 入所者への傷害容疑で経営者が逮捕された京都府の「丹波ナチュラルスクール」では、事件発覚後、日常的にひどい暴力がふるわれていたことが次々に明るみに出ています。新聞各紙で報道されたところによると、手錠をかけるなど本人を拘束した状態で入所させ、入所直後から暴行を加え、脱出できないよう監視し、強制労働などを強いていたと言います。3年前には、いやがる少年を無理やり車で搬送していたところ、車内で少年が暴れ、交通事故となり、少年を含む3人が死亡するという事件が起きています。長期にわたり、暴力がふるわれ続けてきたことがうかがえます。

 私たちは現在のところ、マスコミ報道によってのみ情報を得ており、どこまでが事実かはわかりません。逆に言えば、明るみに出たのは事実の一端でしかないとも言えましょう。
 しかし、不登校やひきこもりの子ども・若者を訓練するとして、暴力がふるわれ、ひどい人権侵害が行なわれてきたことはまちがいないと言えます。

 「丹波ナチュラルスクール」は、フリースクールと報道されておりますが、フリースクールの名のもとに、こうした人権侵害が行われてきたということも、看過できない問題です。不登校やひきこもりを理由に、暴力が正当化されてしまう。戸塚ヨットスクール、風の子学園、長田塾、アイメンタルスクールなど、暴力や人権侵害を堂々と行なっている施設は跡を絶ちません。長年にわたってくり返されている、こうした暴力に対し、私たちは黙っていることはできません。近畿圏をはじめとした、不登校やひきこもりに関わる各団体・個人に、この事件および、不登校やひきこもりに関わる暴力について考え合う、緊急集会を呼びかけます。急な話ではありますが、ぜひ駆けつけていただければと思います。

日 時 9月23日(火・祝) 15時~
場 所 フリースクール・フォロ
連絡先 06-6946-1507/携帯090-8481-7979(山下)
    E-mail:communitas@foro.jp

呼びかけ人:小野洋(スロースペース・ラミ)、山下耕平(フォロ)
 


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なるにわ
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性別:
非公開
自己紹介:
「なにものか」でなくともよい場所、なるにわ(NPO法人フォロが開いてます)。毎週土曜日の午後にサロンを開いているほか、づら研(生きづらさからの当事者研究会/月に1回)、終末ティータイム、冊子『もじにわ』刊行、なるにわラジオ配信などの活動をしています。ブログは、おもにコーディネーターの山下耕平が書いています。

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