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なるにわ ぶろぐ

「なにものか」でなくともよい場所、なるにわのブログです。
なるにわの活動、づら研などについて
おもに、コーディネーターの山下耕平が書いてます。

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カテゴリー「づら研」の記事一覧

づら研:当事者研究のあり方について

前回、1月のづら研は、あらためて当事者研究のあり方について考え合った。
そこで出てきた課題を箇条書きで記しておきたい。

・「わかる、わかる」ではなく、自分がわからないこと、自分とちがいがあるときの作法について
→丁重に扱ってほしい。

・「わからないこと」の研究もしてみる? 何がわからないか書いてみる。

・段階はあるのでは?→まずは、自分の気持ちをはき出せる場が必要だし、それを受けとめてもらうことが必要。

・自分の気持ちは聴いてほしいけど、自分は他者の気持ちを聴けるのか?

・二次被害の問題(避けるには? 起きたときの対処は?)

・関係をつくる作法?(敵/味方の両極ではない)

・異文化交流が大事。

・づら研参加とレポートを書くことのあいだ、プロセスにできる工夫はないか?

・「自分は当事者なのかな?」問題。

・生きづらさを見つけるまでのプロセス→名前をつけることから?

・聴く耳の持ち方。

・記録について。当日のようすについて、どう残すのか残さないのか。

・もめごとも分かち合えるか?

・「あの生きづらさ、どうなりました?」をやりたい。

・づら研シニア会を開いてはどうか?

・べてるの家のような当事者研究の取り組みについて。
→これまでは、やったことがない。KJ法を組み入れながらやってみる?

づら研:怒りへの対処法

今月のづら研は、「怒りへの対処法」がテーマだった。フリートークで、それぞれの経験や工夫を持ち寄ろうということで開いた。
具体的なエピソードは勝手には書けないので割愛するとして、私の独断でおおまかに抽出すれば、下記のようなことが語られたように思う。


●怒りのあり方

・怒りには、自分が向けてしまう場合と、向けられる場合がある。
・怒りには、対象がハッキリしていて、その対象に向けられる健康な怒りと、対象がハッキリしなかったり、対象に向けられなくて、暴発して誤爆してしまう不健康な怒りがある。
・怒りを感じていても、それを対象である人に向けてしまうと、関係が壊れてしまったりするので、なかなか対象の相手に向けられない。
・誤爆対象は、物だったり、他者だったり、自分だったりする。
・誤爆のあとは、すごく後悔するが、なかなかやめられない。
・自分の怒りの根本が何なのかがわからないetc...


●怒りへの対処法

・加害/被害は、おたがいさまの場合も多いが、自分の加害を認めることは難しい。
・怒りを向けられたとき、怒りで返してしまうとスパイラルになってしまう。
・しかし自分に溜め込むのはしんどいので、上手なアウトプット方法を模索したい。
・直接に関係のない人のほうが、アウトプットしやすかったりする(カウンセラー、ちょいワル仲間、ペットetc...)。
・渦中にあるときは、なかなか自分でもコントロールが難しい。
・ちょっと距離をとる工夫が必要。
・距離のとり方には、空間的/時間的/関係的、の3つがある。
・根本は関係の問題だが、そこから考えるとうまくいかないので、空間や時間で距離をとったほうが、かえって関係の距離はとりやすかったり、修復にもつながったりする。
・相手の立場や背景、もっと言えば社会状況などが見えてくると、自分の怒りも、ほどけてきたりするetc...


●残った疑問

・いわゆる「支援者」としてのスキルならともかく、対等であるはずの人間関係を、あまり技法的に考えるのには違和感がある。
・怒りのエネルギーを個人で解消してスッキリさせるだけではなく、社会運動などに転換していく必要があるのではないか?
・なんらかの工夫を入れないと、人間関係がまわらなくなってしまっているのではないか? それを専門家や支援者にゆだねるのではなく、自分たちで工夫を積み重ねていくということも、ひとつの運動ではないか? etc...


話は尽きなかったが、なぜか笑いも尽きない、今回のづら研だった。
べてるの家の当事者研究も、「爆発」の研究から始まったというが、怒りは自分でもコントロールできないものだからこそ、情報公開して、研究する価値はあるのだと思った。(山下耕平)

評価、まなざし、どろどろ~づら研

今回のづら研、「評価」をテーマにさまざまな興味深い意見が交換された。
けれど、いま私が考えるのは交換された言葉そのものよりも、言葉以前のもっとどろどろとした部分のことだ。
づら研での話し合いをきっかけに、人間の皮膚のうす皮一枚下にあるものを覗き込んだような気持ちになった。あるいは私自身が、ふだんはあまり意識されることのない場所に潜っていったような。

本当に、人間っていうのは何なんだろう。
その問いを抱えて、私はどこまでいけばいいんだろう。
そんな、途方にくれて立ち尽くすような気持ちを、あと何回繰り返すのだろう。
そんなことを考えたのは、「評価」というものがひとりきりでは完結しない事柄だからだろう。

自分を見てくれる他者の存在なしには、自分の輪郭すら曖昧になってしまう。「評価」というのは、私たちの輪郭の一部を決定してしまうほどの力を持った「まなざし」のことなのかもしれない。私たちをとりまくそのまなざしは、やさしいものばかりであるとは限らないし、やさしければそれでいいのかと問われれば、それは少しちがうようにも思う。

また、まなざしは外部からのみやってくるものでもない。時には自分の内側で、「他者」のまなざしを生み出してしまうこともあるだろう。そういうややこしさも含めて、複合的で、多面性を持ち、相反することを同時に求めて生きている。

少なくとも、私はそういう人間だ。
自分のことを見てほしい、受けとめてほしい、つながりたい。人間の持つそういう欲求には果てがないようで、本当のところ、とてもこわい。その果てしのなさを、他者に求め過ぎることなく、自分自身で受けとめていかなくてはいけないのだけれど、そういうことが、誰にとっても本当にむずかしくなってしまっていると感じる。

それが何の「せい」なのか、はっきりと断じることはできない。ただ、本来地続きであったものが、どんどんばらばらに切り取られていってしまっているような、そんなうすら寒さを感じていることは確かだ。

いまの社会では、という一般論よりももっとずっと身近で、内面的なところで。
最近の私は、他者からのまなざしがすこし重い。
そんなふうに感じるのは、向けられるまなざしが、地続きであったものから剥ぎ取られ、先鋭化されていて、その分だけかえってどろどろとした願望が剥き出しになっているからなのかもしれない。それと同時に、私が誰かを見るとき、そのまなざしは、過剰な期待を、都合のよい幻想を含んでいないと言い切れるだろうか。
そんなことを、考えずにはいられない。
(のだあやか)

書くこと、揺らぎ、賽の河原……

今回(7/14)のづら研は、「書くこと」がテーマだった。づら研は、基本的に参加者のレポートをもとに話し合っているが、自分の生きづらさを記述するレポートは、いわば自分語りだ。しかし、そこから見えてくることは、家族のあり方だったり、学校のあり方だったり、社会のあり方だったりする。それを書くことは、自分と社会のつながり方を見直すことでもある。また、づら研の場では、さまざまな経験や属性からの意見や声があがって、そこから生成されてくるものがある。「自分」に閉じた文章ではなく、開かれた文章を書いていくこと。そのための工夫として、文章の宛先を意識したり、事実の記述と自分の意見を分けたり、事実を切り取ってしまうことの暴力性について考えてみる。そういったあたりが、今回のテーマだった。

最初に、上記のような問題提起(*)が、参加者の野田彩花さん、コーディネーターの貴戸理恵さんから、それぞれあって、まあいろいろな話があがった。それをまとめるのは無理なので、さしあたって、私(山下)が「書くこと」について、あらためて感じたことを書き留めておきたい。

書くことというのは、混沌として流動的な「現実」を腑分けし、分節化して、固定化してしまうことだ(名前を与えることでもある)。でも、氷の下に水が流れているように、大地の下にマグマがあるように、固定しているものを根っこから揺るがすものがないと、文章は死んでしまう。どんなにテクニカルに書かれた文章でも、そういう揺らぎのない文章は、頭には入っても胸や肚には響かない。そんなふうに思う。そして、そのマグマみたいな部分は、きっと「生きづらい」という実感ともつながっているのだろう。

でも――ここからは未整理なのだが――その揺らぎは、人を不安にさせる不穏な地震であるときもあれば、豊かな共鳴を呼んでいく響きであることもある。そして、その響きによって、集まってくる人や物事があって、その人の現実がつくられている。たぶん、「生きづらい」というのは、固定化されている「自分」と、自分の「マグマ」にズレがあるのに、それが抑え込まれてしまっているから起きている「地震」なのだと思う。

自分自身が、なぜ書くことにこだわってきたのか、書き続けてきたのかというとき、書くことによって、自分を固めている言葉の殻を割ってマグマに分け入って、自分を再生させようとしてきたのではないか、と思う。そして、分け入っていくには、知識や技術も必要だ。言葉の表面ではなく、それを割ったところに分け入らないと、物事は見えてこない。

よっぽど注意していないと、人は固まった言葉にとらわれて、自分の「現実」を固めてしまう。順調に生きている人ほど、簡単に固まってしまうように思う。順調にはいかない、ぬかるみにいるからこそ、触れていられるものがある。

づら研は、たぶん、そういう言葉の生成する現場なのだと思う。それを、おしゃべりだけではなく、書き言葉にしていくこと。そのあたりが、今後の課題なのだろう。たとえ、それが賽の河原の積み石のように、積み上がりかけては崩れてしまうのだとしても……。

そんなことをつらつらと思った、今回のづら研だった。(山下耕平)

*冒頭に乱暴にまとめてしまっているが、くわしくは次のづら研冊子に収録予定。

私にとっての「名前のない生きづらさ(3)

●まともコンプレックス ―私の「顔なしの生きづらさ」―

もうひとつ、私にとって名づけづらい生きづらさの話を。
ずばり「まともコンプレックス」です。
私オリジナルの言葉ではなく、みうらじゅんさんが出典だそうですが、この言葉を聞いたとき「ああ……それ私のことです!」と思わず身を乗り出してしまいました。づら研に参加していると、時にとてもシリアスな話を聞く機会も少なくありません。多くはやはり、家族との関係、家庭環境についてなのですが、そこにとどまらず、シリアスというより、もはや壮絶な人生を生き延びてこられた方の話は、いつも私の胸を苦しくさせます。

それは、その人がどれだけつらかったのだろう、という純粋な共感だけでは、けっしてありません。一言で言ってしまえば、この人の人生や、そこで味わった苦しみに比べれば、私の生きづらさを語る言葉など、どれほどの意味を持つのだろう、という、自意識にまみれたコンプレックスです。

私の生きづらさなんて、ごくごく小さなことを大げさに切り取って、わぁわぁ大騒ぎしているだけじゃあないか。

そんなふうに卑屈になっているときに限って、私は主軸を自分に返してやることを忘れているのです。どこにいるとも知れない「聞き手」の存在を意識して、そちらに主軸を置いて、先月のレポートにあった言葉ですが、自分の生きづらさを、勝手に矮小化して拗ねている。

まったく始末に負えません。ただのかまってちゃんです。
つまり、ここが私の数ある自意識こじらせポイントのひとつだと言えます(自覚して、なるべく軸足を自分に返していきたい所存です……)。

ここでもやはり、「理由のない」、「他者に説明ができない」、「説明すらはばかられる」という一点が、私にとって大きな意味を締めています。そうして、こんな言い方は極めて乱暴だけれど、トラウマやシリアスな生育歴は、それが深刻であればあるほど、その経験は後に輪郭のしっかりとした「名前」を与えられ、名前を与えられるとこによって、繰り返しになりますが、よしあしは別として多くの「聞き手」を得ることができる。私だって「不登校」や「ひきこもり」といった名づけがあるからこそ、私の話を聞いてくれる人がいることは否めません。けれどシリアスな家庭環境や過酷なトラウマ経験を持たず、ただ自身の性質が受けつけずに不登校になった私は、先述したように「不登校」というはっきりとした「名づけ」を持ちながら、その理由は茫漠としていて、人に語れるようなドラマ(なんて失礼な言い草!)を、持っていません。そのことに、私自身、ときどき困惑してしまいます。

何の問題もないとは言えないけれど、それなりに家族仲の安定した家庭に育ち、体罰やいじめにもあわず、現状、とくに自分に対しても否定的ではない。そんな私が、一体どの口で生きづらさを語れるというのか。私の中の、そんな名づけられない息苦しさ。それこそが、私にとっての「顔なしの生きづらさ」と言えるのかもしれません。


私にとっての「名前のない生きづらさ」(2)

●仮面をかぶること ―この顔のままでは、ダメですか?―

ところで、「仮面をかぶること」は、きっと誰しもがなんとなく日常的に行っている、そう特別なことではないでしょう。けれども私にとって「仮面をかぶること」は、とんでもない一大事なのです。私はいつも剥き出しの自分で生きています。思ったことや考えたことは、わりと素直に、するっと口に、顔に出る。

いわく「バケの皮がない」だとか「抜き身のままで鞘は何処へやったんだ」等……。まわりからも指摘されますし、自分でもそう思います。私は一体どうして、こんな自分にバカ正直に生きているのだと。もちろんそこには、「生きていることが申し訳ない」とまで思いつめた自己否定の数年間があり、「剥き出しの、ありのままの私」を肯定してくれる居場所や人との出会いと、もめごとがあり、「来年からは妹の下宿で、お金がかかるの。だからお母さんとあやかは、なるべく大きなケガや病気をせず、健康に生きることを目標にしようね」と、まだ若い無職の娘に大真面目に語りかけてくれる母との、そこに至るまでの長い戦争があり……。

それら過去に起こった一切を、全肯定している、と言えば嘘になるけれど、私はけっして否定的に捉えていません。過去を否定せずにすむということは、現在を否定せずにすむということ。そう、社会的に見たら、学歴がない、手に職もない、結婚もしていない、とツッコミどころ満載なんて言い方じゃ生ぬるいくらいのダメダメな私ですが、私は私自身を、けっして否定的に捉えていません。

そんな現状で自分を否定していないなら、お前のどこが生きづらいんだ! そんな声が聞こえてきそうですが、話はそう簡単ではないのです。

時と場合と波によるけれど、基本的には自分を否定せずにすんでいる私だけれど、「ひきこもる、生きのこる」が心のテーマな私だけれど、残念なことに、(そう、非常に残念なことに!)社会はそれを許してくれません。

いまの私には、収入がまったくないのです。親に生活費を負担してもらいながら、貯金を切り崩す毎日。その貯金の額もそろそろ本当に危なくなってきたので、郵便局のバイトへと至ったわけです。私が価値があると信じるもの、生きていくうえでどうしても必要なつながりやそこを基盤とした活動には、どうもお金がほとんど落ちてこない。貨幣活動に参加しない人間、「~障害」や「~病」といった外からの乱暴な名づけからこぼれた人間が生きていくことを、この社会は許そうとはしてくれません。ほとんど憎んでいるんじゃないかって、個人的には思います。


私にとっての「名前のない生きづらさ」(1)

1月のづら研について、のだあやかさんが文章を寄せてくれたので掲載します。ちょっと長いので何回かに分けて。
………………………………………………………………………………………………………………

 今回のテーマ「名前のない生きづらさ」、「顔なしの生きづらさ」、「のっぺらぼうの生きづらさ」……そもそもがとても、言語化のむずかしい、確かにそこに気配は感じるのに正体はつかめない……。とてもむずかしいテーマだと、づら研を終えたいまでも思います。
 けれど私にとって、それは決して無縁のものではない。「名前のない生きづらさ」と言いながら名前を、言葉を与えてしまうという矛盾を承知で、あえていうのならば私には二つ、輪郭の定まらない生きづらさがあります。その話を、少し具体的にしてみたいと思います。

●バイトの体験から ―不登校の追体験―

年末年始、私は郵便局で年賀状を仕分ける短期のバイトを経験しました。その日々は、まったく予期することなく「不登校だったころの私」を追体験する日々となりました。それは奇しくも、あのころは言葉にできなかった漠然とした不安、正体のつかめないもやもや、誰にも説明することのできない焦燥感、孤独……そういった当時「名前のつけられなかった」さまざまな感情や感覚に、名前をつける作業を行なう日々でもありました。

づら研の議論の場でも出た話ですが、「不登校」と言えばバッチリ名前のついた、社会認知度の高い、つまりは社会的承認も得られる生きづらさではないかと、一見そう思います。けれども私にとって不登校という経験は「名前のない生きづらさ」の宝庫でした。そこには、大まかに言って二つの理由があると思います。

ひとつは、私が不登校をしていた当時の不登校に対する目線、いわゆる時代背景。
もうひとつは、私の不登校には確固たる理由が不在だったこと。
まずは、時代背景の話から。
私が不登校に突入したのは、90年代後半のことでした。このころは「首に縄をつけてでも学校へ連れてこい」という不登校児にとっての激痛時代はすでに過ぎ、またそのきっかけになったのは不登校の当事者である子どもやその親たちが「不登校は病気や異常ではない」という趣旨の活動を活発に展開し、社会的に不登校への関心がとても高まっていた時期でもあります。

専門的にがっつり勉強したわけではないので、聞きかじった知識で恐縮ですが、私自身の体感からいっても、学校の先生は「絶対何があってでも学校へ出てきなさい」といった対応ではなく「しばらくようすを見ましょう」といった、一見理解ある、しかしその実、理解できないものをとりあえず遠巻きにした、といった対応を受けました。

また、逆説的ですが痛みはそれが強く鋭いものであるほど訴えやすく、言葉にした時によしあしは別として、他者からの反応を集めやすいという一面があると思います。何となくなぁなぁにされてしまえば、それだけ痛みは輪郭を失い、言葉にすることは困難になり、名づけることもむずかしくなっていきます。

それらとつながる話なのですが、私の不登校には、「いじめにあったから」、とか「先生からの体罰を受けたから」といった確固たる、つまりは他者に説明できる理由は何ひとつありませんでした。しいて言えば、今まで何の問題のなかった優等生が、ある日突然学校に来なくなる。私は傍から(大人から?)みたら、たぶん、そういう存在として認識されていました。

私は不登校をしながら、自分が学校へ行けない理由を必死になって探していました。たまに気力の限りを振り絞って学校へ行くと、クラスメイトからとても不思議そうに、「どうして学校来ないの? 学校楽しいよ」とたずねられ、私はそのたびに、ちいさく息を詰まらせながら、その理由を誰にも説明できないことをどこかで恥じていました。その息の詰まるような思いから、話は現在につながります。


名前のない、顔なしの、のっぺらぼうな生きづらさ

1月のづら研は、正月明け早々の6日、世間では仕事始めの日に開いた。しかも、テーマは「名前のない、顔なしの、のっぺらぼうな生きづらさ」。「何を甘えてるんだ」と怒られそうなテーマだが、「生きづらい」というとき、その背景に貧困や差別や被害体験など明確な体験があるわけではないのに苦しい、自分でもよくわからず、言語化もできない、ということがある。今回のテーマは、そのあたりに置いた。


参加者のひとりが、いま文章を書いてくれているので、くわしくは、そちらを読んでいただくとして、ここでは、「名前のない、顔なしの、のっぺらぼうな生きづらさ」が生み出されるゆえんを、少し考えてみたい。

社会学者の見田宗介が「二重の疎外」ということを言っている。いわく、貨幣への疎外があるから、貨幣からの疎外が問題になる。小難しいようだが、つまりは、おカネでしか生きていけない社会に組み込まれてしまったから(=貨幣への疎外)、おカネがないこと(=貨幣からの疎外)が問題になる、ということだ。たとえば自給自足のような生活をしていたら、おカネがなくても生活基盤はあるわけで、「貧しくても豊か」ということはありうる。しかし、衣食住のすべてをおカネでまかなっている社会では、おカネがないこと=貧困は、生死を問う問題になる。だから、貧困はあってはならない問題だ。

貨幣への疎外というのは、ある意味では古い社会からの解放や自由でもあったのだろう。身分社会に縛られず、自分の努力や能力で社会階層を移動できる。何者にでもなれる。おカネさえあれば、何でもできる。でも、それは固定されていた「名前」を奪われて、自分の力で「名前」を獲得しないといけなくなった、ということでもある。そこに熾烈な競争が生じる。そして、「名前」を獲得する競争からこぼれた人には、「不登校」だとか「発達障害」だとか、さまざまな「名前」が専門家によってつけられる。

※ただ、この疎外は一様ではなく、たとえば「障害児」が養護学校へと振り分けられてきたように、あらかじめ競争の土俵から排除される場合もある。でも、逆説的だが、その場合は、制度や社会の問題として問うことができる(そうでなければならない)。一方、競争へと疎外された人は、自己責任として、自分の問題とのみ考えるよう仕向けられてしまっている。

「名前」のないままでは、人は生きていけない。自分が望もうと望むまいと、名づけられてしまう。あるいは、自分の経験を語るとき、なんらかの「名前」を抜きに語ることは難しい。それが自分の一側面でしかなくても、手がかりは必要だ。が、その「名前」は、つねに自分とズレているものでもある。だから、語りきれない、そこからこぼれるものがある。きっと、それはどんな「名前」を持っている人でも、根っこにあるものだろう。

いまは「液状化社会」とも言われるような流動的な社会で、どんな「名前」も幻想であることがバレてきてしまっている。もちろん一方では、持っている「名前」によって格差や差別が厳然とあるのだけれど、だからこそ、この「名前」のない苦しさは、可能性でもあるように思う。「名前」のない苦しさを、空虚な「名前」で埋めようとするのではなく、つながりの糸にしていくこと。それは夢、だろうか?

牧草男子

10月のづら研は、男性と女性で分かれて開いてみました。
私は男性のほうしか参加していないので、そちらの簡単なご報告。
づら研男子会?(断酒会みたいに聞こえる……)は、「男はつらいよ~づら研編」ということで、ワークショップ的に、それぞれが男性であるがゆえにつらいと感じることを、思いつくままにカードに書き出して、張り出してみました。出てきたキイワードをあげると、およそ下記のようなものがありました。

…………………………………………………………………………………………………
●「男」とのズレ
 力強さ(タフ)、体育会ノリ、クルマ・運転技術(はあるべき)、暴力etc...

●一人前幻想?
 主体的、責任、能動的であるべき、受け身を批判されるのはつらい、就労プレッシャー、甲斐性etc...


●感情表出
 感情を露わにしづらい(とくに涙)、波を抑制、ガマン、沈黙etc...


●身体性
 ヒゲ(がめんどう)、下戸、性欲(との付き合い)etc...


●異性との関係において
・気遣い。
・女性と友だちになりたくても、恋愛・性愛の対象と見てしまう。
・パートナーがいないと劣った人間とみなされてしまう。
・男性のほうが支配者、加害者と見られやすいetc...
…………………………………………………………………………………………………

あらためて出しあってみると、いろいろ見えてくるものがありました。ざっくり言えば「男」と自分とのズレ、が大きいのかなと思いますが、それだけではなくて、一般に「男」としてプラスに見られること自体が、男性ゆえのつらさにもなっているようにも思いました。

たとえば、周囲から一人前として見られ、責任をもって能動的に働き、甲斐性があって、感情的にならず冷静沈着で、異性への気づかいもあって……なんて書き出すと、「何かの主人公ですか?」という感じですが、そのまなざし、多かれ少なかれ自分でも内面化している規範自体がしんどい。ただ、それは放り出して、感情的にワーッと発散すれば済むというものでもない。「男はつらいよ」と心の中でぼやきつつ、黙ってビールでも飲んでるしかないのでしょうか?

参加者のひとりから、自分を名指すネーミングとして「牧草男子」という名前が出てきました。草食系でもなく、むしろ食べられる側の男子……むう、奥深い。なんか、この名前が出てきただけで、今回はやってよかったと思いました。

Profile

HN:
なるにわ
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
「なにものか」でなくともよい場所、なるにわ(NPO法人フォロが開いてます)。毎週土曜日の午後にサロンを開いているほか、づら研(生きづらさからの当事者研究会/月に1回)、終末ティータイム、冊子『もじにわ』刊行、なるにわラジオ配信などの活動をしています。ブログは、おもにコーディネーターの山下耕平が書いています。

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