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なるにわ ぶろぐ

「なにものか」でなくともよい場所、なるにわのブログです。
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おもに、コーディネーターの山下耕平が書いてます。

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カテゴリー「多様な教育機会確保法案」の記事一覧

ブログのリニューアル、一部移転など。

あけまして、おめでとうございます。
おかげさまで、なるにわは、いろんな人が入れ替わり立ち替わり立ち寄ってくれる、文字通りの「お庭」になってきました。本年もよろしくお願いします。

新年を機にブログのデザインをリニューアルしました。

また、新しくブログを立ち上げることにしました。
これまで、不登校やひきこもり、フリースクールなどに関する文章を、なるにわブログに書き散らしていましたが、なるにわの活動に直接は関係しないものも多く、とくに「多様な教育機会確保法案」については、分量も多くなってしまいました。
そのため、なるにわの活動ブログとは別に、ブログを立ち上げた次第です。法案についての記事ほか、いくつかのカテゴリは、なるにわブログから移転します(これまでの記事は、なるにわブログにも残します)。
引き続き、よろしくお願いします。(山下耕平)

広域通信制高校問題

ウィッツ青山学園の就学支援金不正受給が問題になっている。NHKの報道によると、文部科学省は4年前の実地調査で、同校に、そのほかにも法令違反の可能性があることを指摘していたという。また、2014年1月に文科省が発表した調査でも、広域通信制高校には、さまざまな問題が起きていることが指摘されている。今回の事件を受け、文科省は緊急点検を行い、年度内にも報告を出すという(時事通信12月9日)。

そもそも、広域通信制高校は、どういう状況にあるのだろうか。

上記の文科省報告によると、県立高が1校、私立の学校法人が65校、株式会社立が21校。問題となったウィッツ青山学園は株式会社立だ。株式会社立の学校は、2004年からの構造改革特区で可能となったものだが、現在はそのすべてが通信制高校(その大半が広域通信制)となっている。

通信制高校全体をみると、公立校の生徒数は減少しているが、私立の生徒数は増えており、2006年を境に私立が公立を上回っている(学校基本調査)。また、私立通信制高校は8割以上が2000年以降に設立されている(126校)。最大手のクラーク記念国際高校は生徒数が1万1000人を超え、私立上位10校の生徒数が5万2243人、全体の45.9%を占める。生徒数2位の鹿島学園は2009年~2014年の5年間で生徒数を23倍に伸ばしている。(以上は、学びリンク『月刊学びREVIEW』2015年9月号より)

そして、その広域通信制を成り立たせているのが、技能連携校や学習センター、サポート校、サテライト施設などである。このうちサポート校やサテライト施設は教育実態や法的な位置づけが問題となっている。サポート校には学習塾が経営しているところが多いが、この10年ほどで、もともとフリースクールとして活動してきたところがサテライト施設を引き受けるようになっている例も目立つ。

問題は、就学支援金不正受給にとどまらないだろう。規制緩和が学校教育への営利目的の市場参入を招き、この10年で何が起きてきたのか、きちんと検証をする必要がある。そしてまた、フリースクール関係者の自己検証も求められるだろう。それはまた、現在、懸案となっている「多様な教育機会確保法案」にもつながる話だ。(山下耕平)

追記(12/11):関連資料「広域通信制課程に対する所轄庁の関与について(PDF)」

多様な教育機会確保法案:土台から考え直すべき

朝日(11/13)、読売(11/15)、毎日(11/16)各紙が報じたところによると、「多様な教育機会確保法案」は、自民党の慎重派の意見を汲んで、来年の通常国会に提出する見込みになったようだ。

あちこちに聞いてみたが、自民党の案を読むことができていないので、報道記事に拠るしかないのだが、概要は次のようなことだ。
不登校の子どもについて、保護者が市町村の教育委員会に対し、「一定期間、学校に在籍したまま学校に出席させないことができる」よう申請。教委が認めた場合、原則では籍を置いた小中学校での卒業をめざしつつ、フリースクールや、学校復帰のために教育委員会が設置する教育支援センター、家庭学習など学校外での教育も認める。(朝日新聞11/13)

名前も「義務教育の段階に相当する普通教育の機会の確保に関する法律案」と代わり、「多様な」は外れた。

合成の誤謬というか、誰も望まない法案になっているというほかないだろう。おかしな土台に建った建物を、土台からではなく上部で修正しようとして、修正するほどおかしくなってる感じがする。土台から考え直す必要があるだろう。

そもそもの土台はと、さかのぼって考えると、そのひとつは、2008年5月に亀田徹さん(現・文部科学省フリースクール担当官)がPHP総合研究所で出した論文『多様な選択肢を認める「教育義務制度」への転換-就学義務の見直しに関する具体的提案-』にあると言える。ここから、現法案まで、ずいぶん紆余曲折があるが、この土台そのものはどうだったのだろう?

この論文については、拙著『迷子の時代を生きぬくために』(2009北大路書房)で、論評している。いま読み返しても、そのまま妥当だと思うので、以下に引用しておく。そもそもから考え直したい方は、ご参考まで。(山下耕平)

……………………………………………………………………………………………………………

●就学義務から教育義務?

亀田さんは、不登校が問題視されるのは、就学義務のみが親に課せられており、学校外の教育が制度的に認められていないからだとし、就学義務から、場所を問わずに子どもに一定水準の教育を受けさせる「教育義務」を課すことを提言した。

具体的には、保護者の申請を受け、教育委員会が学校外で学ぶことを許可する。そして、教育委員会の指導主事が学期に1回、保護者や子どもと面接し、子どもの学習や生活状況をチェックし、アドバイスをするという。そして、中学校卒業資格は、現にある「中学校卒業程度認定試験」を活用するというのだ。これにより、不登校は「問題」ではなく「選択肢」となり、家庭の精神的負担の軽減にもつながる、と主張している。

この論文はフリースクール関係者のあいだでは話題となり、亀田さんはいくつかのフリースクール主催のシンポジウムに招かれるなど、その主張は好感的に迎え入れられた感がある。しかし、私はこれも詭弁ではないかと考えている。

まず、教育義務というなら、それは親のみに課せられるものではなく、義務教育を整備する国や自治体にも課せられるべきものだ。学校外での学びを制度的に認めようと主張しながら、亀田さんが必要な財政措置として試算しているのは、教育委員会の面接費用47億円のみだ(650人の指導主事が学期に1回面接するとして)。つまり、子どもにかかる教育費用は全額保護者が負担することを前提としているのだ。

この点について、亀田さんは『Fonte』の取材に対し、「現実にある事態について実現可能性のある提言をした」、フリースクールにかかる費用を助成することなどは「現時点では難しい」との見方を示している(『Fonte』254号/2008年11月15日)。つまり、不登校を制度的に認めるといっても、それは保護者にすべてを任せ、行政はそれをチェックし、アドバイスするだけの費用しか出さないと言っているのだ。また、これまでは自主的な場として成り立ってきたフリースクールに対し、定期的なチェックをするということにもなる。これでは、費用が助成されるわけでもないのに、管理だけが強まることになってしまう。詭弁と言わざるを得ない。

子どもにとっても、いいことはないように思える。なぜなら、現状でも、学校に行かなくなったところで、進級・卒業できないことはまずない。しかし、亀田さんが言う不登校を制度的に認めるとは、学校から籍を抜き、試験を通過しないかぎりは中卒資格もとれなくなることを意味する。

不登校という現実は、子どもの「教育を受ける権利」を保障するという義務を、国家や自治体、保護者が果たせていないことを示している。亀田さんの主張は、国家や自治体がその義務から後退し、保護者への義務を増大させることを意味している。

また、『Fonte』の取材に対し、亀田さんは「フリースクールの定義を決めて線引きをし、私立学校のように法的に位置づけるのは意味がない」「規模・運営方針を含め、多様性がフリースクールの持つよさの一端でもあるわけで、そこに明確な線引きを加えることは現実的な解決策にはなり得ない」と話している(前掲紙)。これは、その通りだろう。しかし、不登校を制度的に認め、フリースクールなどにも私学助成のような財政措置をとることになれば、必然的に法的に位置づけを定め、線引きすることが必要となるだろう。そうなれば、一部のフリースクールが財政的にすくわれたとしても、大半のフリースクールはかえって存在基盤を損なわれてしまうことになるだろう。なぜなら、大半のフリースクールは、とても小規模に活動しており、教育機関として法的な位置づけを与えることなど、それこそ「現実的ではない」ように思えるからだ。現にあるフリースクールの大半は、もっと草の根的というか、教育制度にはそぐわないようなものだ。

ただ、亀田さんの主張には、肯ける部分もある。それは、学校に行かないことが子どもにとっても親にとっても罪悪感や自己否定感をともなうものとしてあり、それが必要以上に子どもを苦しめてきた、ということだ。罪悪感や自己否定感を持たされたまま、保健室登校や別室登校をさせられたり、いつまでも、あってはならない状態として不登校が位置づけられていることは、深く子どもや親を苦しめているにちがいない。それを解消するためには、現実的にできる方法として、選択肢として位置づけてしまえばいいという主張は、わからなくもない。しかし、それはそう簡単ではないだろうと私は思う。実態を抜きに理念としてだけ選択肢とすることは詭弁にほかならないし、実態をともなわせようとすると現実的ではなくなる。不登校が数十年にわたって問題であり続けたのは、それが巨大な社会構造の問題であるからだ。先述したように、不登校はそれだけにやっかいで、混沌とした問題であり続けてきたのだろう。この混沌を簡単に腑分けしてはいけない。むしろ、この混沌を磁場とし、巨大な社会構造を問い続けなければいけないのではないか。そんなふうに思う。
(『迷子の時代を生き抜くために』山下耕平/北大路書房2009)

11.2 STOP! 多様な教育機会確保法案フォーラム

11月2日、東京・代々木で開かれた「STOP! 多様な教育機会確保法案」フォーラムに、パネリストのひとりとして参加してきた。弁護士の石井小夜子さんの解説に始まり、不登校経験者や親の立場からの発言もあり、充実していたが、とりわけ、金井利之さん(行政学)のお話が明解でおもしろかった。IWJのUSTREAM配信で録画が閲覧できるようだが、残念ながら金井さんの話が途中で切れてしまっている(後日、Youtubeでもアップされるのではないかと思う)。

くわしくは動画を観ていただくとして、自分の発言については、下記に要旨をアップしておきたい。(山下耕平)

……………………………………………………………………………………………………

今日は古くから不登校に関わってきた人たちも多く来ているが、その方たちは、この法案を通じて、自分たちが関わってきた、この運動はいったい何だったのかという思いがあるのではないか。私自身、そういう思いが深くある。
この法案は、上から降ってきたものではなく、フリースクール関係者が求めてきたものでもある。そこに大きな問題を感じる。なぜ、こういうものが出てきたのか、フリースクールが安倍政権のような新自由主義と握手してしまったのはなぜなのか? 仮に法案がどうなろうと、大きな問題が横たわっていると思う。


・不登校とフリースクールはいっしょではない

もともと、不登校とフリースクールは、重なる部分はあるが、いっしょではない。文科省の調査では、フリースクールに通う小中学生は4200人、不登校児童生徒の3.5%だった。フリースクールは、不登校の子どもの声の全体を代弁しているわけではない。不登校に関わる活動にも、いろんなニュアンスがある。オルタナティブスクール、フリースクール、フリースペース、居場所、親の会、ホームエデュケーションなど、さまざまで、それらがないまぜだった面もある。それが豊かさでもあったのだと思うが、この10年ほど、何かおかしくなってきたのではないか。

・法案は、推進側が従来求めてきたものでもない

この法案は、推進者が求めてきたものとも異なっている。もともとは、教育基本法のもとに、学校教育法と並ぶものとして「多様な学び保障法」を求めていたはずだ。現法案は、それとはまったく異なっている。不登校のなかでも学校復帰の見込みのない約1万人というのが、立法事実になっている。フリースクールなどの理念を学校と対等に認めているわけではない。不登校に立脚するのであれば、不登校の現実に即して考えるべきだろう。


・ベクトルが逆向き

法案には、親の会を中心に、関係者から多くの批判があがっている。本来、そういう懸念の声は、推進側が議員に対して代弁すべきものだ。推進する側こそ、懸念の声を共有して議員に届けるべき。ところが実際は、議員の声を代弁して、懸念を示す人を説得している。ベクトルが逆向きで、おかしな構図になっている。こんなことでは仮に法案が通っても、先行きが知れているというほかない。

推進側は「個別学習計画は柔軟に運用できる」と言っているが、根拠にしているのは、馳議員の見解のみ。しかも、馳議員は、過去の体罰が問題になった『正論』の対談で、逆向きの発言もしている(→参照)。


・新自由主義との握手

安倍政権は、教育予算は削減して、「選択と集中」でエリートに重点配分する方向にある。不登校政策もその一環で、「未来のエジソンやアインシュタインを発掘」するためのフリースクール支援になっている。仮に、個別学習計画を履行した人に、はした金が出たとしても、大枠としては、そういう思想に貫かれている。一部の人だけを抜き出せればいいというもので、不登校の子どもたちが自分の存在をかけて問うてきたことに応えるものでは、けっしてないだろう。

推進側は「学校の外を認めてほしい」と言っているが、その「学校」とは何か。能力主義や成果主義が広がるなかで、学校と塾との連携も拡大している。その一環としてフリースクールなどが位置づくのであれば、フリーでもオルタナティブでもない。80年代の枠組みで、学校に対するフリースクールを考えるだけではなく、市場や塾産業に対して、どれほど自律的であるのかが問われている。

以前は、学校は雇用につながっていたが、それが崩れているなかで、学校教育はブラック化している。安倍政権とフリースクールは「個性」「多様性」「自由」という言葉で握手してしまっているが、その言葉で同じものを見ているのかといえば、けっしてそうではないだろう。そこをよくよく確認しておかないといけない。法案がどうなろうと、その構造をよく考えないといけない。


・原点に立ち返って

不登校の現実に立脚して考える場合、不登校その後の問題と、貧困による長期欠席の問題はきちんと考えないといけない。そのなかで、私たちが「居場所」と言ってきたことの意味を、原点に立ち返って考える必要がある。この能力主義社会がパッと変わることはなく、むしろ深まる一方のなかで、子どもたちは、この社会や自分と向き合ったり葛藤することが必要だと思う。居場所を保ちつつ、葛藤したり、揺れ動く時間や場があること。大人はそこに向き合っていくことが必要ではないか。

馳大臣の教育観と多様な教育機会確保法案

問題になっている、馳浩と義家弘介の対談記事(『正論』2008年6月号)を読んだ(勝山実氏のブログより)。自分が体罰をしていたことについて、馳文部科学大臣は過ちを認め、当時の被害者である高校生への謝罪を含め、体罰を否定する見解を示した。しかし、この記事自体では、体罰は否定されていない。また、義家文部科学副大臣からは、いまのところ何の見解も示されていない。体罰に関して、義家議員は明らかに肯定している。文部科学副大臣として、きちんとした見解を早急に示すべきだろう。

体罰に関しては、すでにさまざまな意見が出ているので、これ以上は置くとして、この記事で、私が気になったのは、馳議員の教育観だ。

まず、馳議員は先の教育基本法改正について、次のように述べている。

「教育は不当な支配に服することなく…」という件が日教組によって解釈を歪められ、公権力の行政行為を全て不当な支配と決めつけて排除してきた。文部省は予算をつけてくれさえすればいい。現場は現場の判断で自由に、というより勝手にやれるのだという誤った解釈が罷り通って教育現場を蝕んできたのですね。新基本法でも不当な支配という文言は残った。公権力も不当な支配の主体となりうるという解釈自体は今までと変わっていません。が、それでも教育は法律に則って行うことが明記されたのです。法律を逸脱して勝手なことはできなくなった。これは本当に大変な作業だったし、数多ある基本法改正の論点のなかでも本丸中の本丸だった。大事業だったのです。

そして、次のような見解も示している。

地方分権の名の下に教育が蔑ろにされていないか。(中略)地域の学校は学力面で不安はないのか。偏向教育が横行したり学習指導要領が無視されていないか…など確かめる必要がある論点は無数にあると思うのですね。

これらの見解と多様な教育機会確保法案は、根本的に矛盾するものと思われる。とくに、個別学習計画について、馳議員はくりかえし「不登校やフリースクールの現状を追認するもので、個別学習計画での教育内容も、学習指導要領に沿うものを求めているわけではない。本人の意思を十分に尊重した内容が認められるべき」と述べてきたが、上記の見解との矛盾は、どのように考えているのだろうか? 馳議員にうかがいたいところだ。

10月20日に開かれる「多様な教育機会確保法【ここまできた!!報告会】」(主催:多様な学び保障法を実現する会、フリースクール全国ネットワーク)では、馳議員にも出席を呼びかけているという。もし、馳議員が来るのであれば、ぜひ、参加者には、この点を質問していただきたい(私は残念ながら参加できない……)。(山下耕平)

あらためて、多様な教育機会確保法案について

前国会への上程が見送られた「多様な教育機会確保法案」について、少し書いておこうと思う(この間は、づら研企画でオーストラリアに渡航していたりして、なかなか情報をキャッチアップできていなかったり、ブログに書く余裕がなかった)。

法案は、各党内でも異論が相次いで、各党内で調整をはかることになったと言う。とくに自民党内でも異論が多かったことから、当面の焦点は自民党(とくに文部科学部会)で、法案がいかに論議され、場合によって、いかに修正されてくるかになるだろう。9月15日の議連総会以降、これまでに自民党内で3回ほど勉強会が開かれたようだ。秋に臨時国会が開かれれば、そこに上程される見込みだ(しかし、そもそも臨時国会が開かれるのかどうか、わからない)。
この間、フリースクール全国ネットワークと多様な学び保障法を実現する会は、法案への理解を求めて、全国キャラバンを全国8カ所で開いている。

一方、不登校・ひきこもりを考える当事者と親の会ネットワークは、臨時国会上程に反対する要望書を送るため、賛同者を募っている。第1次〆切が10月5日、第2次〆切が10月15日となっている。同ネットワークは、法案を白紙に戻すこと、もしくは夜間中学のみの法案とすることを求めている。
9月9日に東京・渋谷で開かれた集会でも、この法案をめぐって関係者が分断されることへの懸念が投げかけられたが、すでに議員のところのボールが行ってしまっている以上、ていねいな議論よりも、法案に賛成か反対かに二極化してしまうのは、ある意味でやむを得ないだろう。

私(山下)の意見は再三表明してきたところだが、現法案は白紙に戻すべきだと思っている。そのうえで関係者で議論をよく尽くすべきだ。現法案は、推進してきた人にとっても、意義のあるものになっているとは思えない。また、いったん白紙になれば、対話への回路も開かれるのではないだろうか。

留意すべきは、意見の相違をもって人格攻撃などをしてはならない、ということだろう。
また、国会上程への反対要望書などについても、賛同するかしないかが、ある種の踏み絵のようになってはならないと思う。私の知るかぎり、この法案に賛成する人にも反対や懸念を示す人にも、とても複雑な思いを抱いている人が数多くいる。

NPO法人フォロでも、上記要望書については、団体として意見をとりまとめることは見送り、各個人の判断にゆだねることにした。

ていねいに議論していきたいと、切に願っている。(山下耕平)

9.9集会の感想

先日の“ますます不登校の子どもが追いつめられる!? 9.9「多様な教育機会確保法案」緊急大検討会”は、豪雨のなか、100名ほどの参加があり、会場は満席だった。

話題提供者は、石井小夜子さん(弁護士)、内田良子さん(カウンセラー・子ども相談室モモの部屋主宰)、私(山下)、桜井智恵子さん(大阪大谷大学教授)、石川憲彦さん(精神科医)。これまで、なかなか議論できなかった、法案をめぐる、そもそもの論点がいろいろ提起され、非常におもしろかった。

いま、時間的余裕がまったくなく、きちんと報告を書くことができないので、くわしくは近日中に下記に動画や記録がアップされるはずなので、参照いただきたい。


私の感想を一言で言えば、この法案を問う以前に、逆に、この法案(をめぐる動き)によって、私たちが問われているということだ。「多様な教育」とは何なのか、「フリースクール」とは何なのか、「普通教育」とは何なのか、「公共性」とは何なのかなど、時代状況の変化のなかで、さまざまなことが問われている。

少なくとも、「多様な教育」とは何なのか、広く共有できるコンセンサスは必要だろう。それが未成熟であるがゆえに、たとえば個別学習計画をめぐっても、「なんでもあり」か「学校化」かといった構図になってしまっているのだ。


それと、「異論を表明することが運動の分断になっているのでは?」という疑問も投げかけられたが、私は分断になっているとは思っていない。多様な教育と言いながら、多様な意見が出てきたら分断になるなんてことであれば、未成熟もはなはだしい。この法案をめぐって、異なる意見が噴出ていることは、よいことだ。それを結論ありきで対立するのではなくて、これを機会にきちんと議論しなければならない(だから、法案は拙速に国会に上程してはならない)。そうでなければ、法案がどうなろうと、「フリースクール」に未来はないだろう。(山下耕平)


『地方自治職員研修』(公職研)から原稿依頼があって、10月号に、この法案について書いている。それと、『はらっぱ』(子ども情報研究センター)8月にも、法案について書いた。ご参考まで。

多様な教育機会確保法案:今後の政治日程について

昨日、フリースクールと夜間中学校の合同議連総会を傍聴してきた。
昨日の総会で示された条文案は、下記にアップされている。
→条文案(未定稿)


11回にわたって開かれた立法チームでも、議員間で意見はまとまらず、昨日の総会においても、条文案は座長案として提案されていた。
そして、政治スケジュールは、今後、下記のような見通しになることがわかった。

・昨日の総会をもって、条文案は河村会長・馳座長あずかりになり、各党手続きに入る。
・10日間を目処に各党に持ち帰って審議(各党の文部科学部会・政務調査会など)。
・そのあたりの日程で、再度、議連総会を開く。
・そこで全会派一致であれば委員長提案となり、今国会成立の見通し。
・一致しなければ、臨時国会へ?(秋に開かれる?)。


馳座長は、総会後のマスコミ質疑で以下のように話していた。
「あくまで今国会への上程を目標にしているが、目標が達せられない場合もある。本音では委員会質疑があったほうがよいと思っている。国会の議事録に、文科省の答弁などをきちんと残しておいたほうがいい」。

全会派一致で委員長提案になると、委員会での質疑は実質なくなるそうだ。そのまま本会議に上程となる。それよりは、次の臨時国会で委員会を開いて審議したほうがよいと思っている、ということだろうか。


昨日の総会で出てきた論点は、基本的に、これまでと変わるものではなかった。
各党に持ち帰って、どのような審議になるのか、注目される。(山下耕平)

※意見を各党の文部科学部会に届けたい方は、下記サイトにリストがアップされている。

法案は大詰め段階、議員に声を

多様な教育機会確保法案は、大詰め段階に入っている。27日午前9時半~の立法チーム会合はエンドレスで行われ、ここでとりまとめる考えを馳浩座長は示している。まとめれば9月上旬には議員連盟の総会で議決され国会上程となる。
18日の立法チームで出た論点については、不十分ながら、こちらに書いているので参照されたい(ヒアリングで私が述べた意見は、こちら)。現在、この日のヒアリングを受けての条文修正が行なわれている段階だ。

これまで、法案については、いろんな意見があがっているが、意見のある方は、個人でも団体でも、立法チームの議員に声を届けることが大事だろう。すでに届けた方も、いま一度、まだ直接、議員に届けたことのない方も、26日までに。下記、立法チームの議員の連絡先(FAX/メールorメールフォーム)を掲載する。

政党・会派 議員名 FAX メールorメールフォーム
自民 河村建夫 03-3502-5085 g01410@shugiin.go.jp
馳浩 03-3508-3609 http://hase-hiroshi.org/contact.html
義家弘介 03-3508-3511 info@yoshiie-hiroyuki.com
萩生田光一 03-3508-3704 hagiuda@ko-1.jp
石井浩郎 03-6551-0713 http://ishii-hiroo.jp/contact/
二之湯武史 03-6551-0923 info@ninoyutakeshi.jp
水落敏栄 03-6551-1013
公明 浮島智子 03-3508-3740
富田茂之 03-3508-3852 nanohana@shigeyuki-tomita.com
秋野公造 03-6551-0711
民主 笠浩史 03-3508-7120 info@ryu-h.net
林久美子 03-6551-1020 hayashi@93co.jp
郡和子 03-3508-3942 info@koorikazuko.jp
神本美恵子 03-3508-0010 info-kamimoto@kamimoto-mieko.net
維新 井出庸生 03-3508-3299 office@yousei-ide.com
牧義夫 03-3508-3258 http://makiyoshio.jp/email/
柴田巧 03-6551-0822 info@shibatatakumi.com
共産 畑野君枝 03-3508-3707 info@hatano-kimie.jp
田村智子 03-6551-0908 http://www.tamura-jcp.info/form
社民 吉川元 03-3508-3856 http://www5.sdp.or.jp/central/inq/inq.htm

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