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なるにわ ぶろぐ

「なにものか」でなくともよい場所、なるにわのブログです。
なるにわの活動、づら研などについて
おもに、コーディネーターの山下耕平が書いてます。

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カテゴリー「雑記」の記事一覧

みんなが向かっている

このところ、ちょっと集中していることがあって、気づけば長いことブログを更新していなかった。その集中していることは、パソコンを使った作業なので、なんだかパソコンをこれ以上、見つめたくない気分だったこともある。
しかし、ふと思えば、みんながパソコンをしているよな、と思う。文章を書く人も、絵を描く人も、音楽をやる人も、写真を撮る人も、分野はちがえど、やっている作業はパソコンに向かうことばかり。仕事も娯楽も、人とのコミュニケーションもパソコン(orケータイ)で……。これって不思議な光景な気がする。
ちなみに、私はパソコンの出すジーッという音が大キライだ(冷蔵庫と蛍光灯の出す音もキライ)。だけど、イヤだイヤだと言いながら、なんだかんだとパソコンに向かっている時間が長い……。目を悪くしないように気をつけよう……。

信頼、ひきこもり、家族、タイフーン

少し前に、メンバーのFさんから、『信頼』(アルフォンソ・リンギス著)という本を貸してもらった。リンギスは、信頼というのは根拠なく相手を信頼することで、相手に対し、無防備に自分を投げ出せることだ、というようなことを書いていた。いま手元に本がないので表現は正確ではないと思うが、そうやって、自分を無防備に投げ出せば投げ出すほど、信頼は増幅してタイフーンのように力強くなっていく、というようなことを書いていた。逆に、たとえばテロ対策みたいに、周囲を信頼しないで安全を求めようとすればするほど、憎悪や不安が増幅していく、と。

子どもは、基本的に周囲に対して無条件に自分を投げ出して生きていると思う。だから、子どもはタイフーンのように豊かだ。とくに小さいころに、無防備に自分を投げ出して、それが周囲に受けとめられるという経験は、とても大事なように思う。そうでないと、自分の存在自体が不安に満ちたものになってしまう。
先だって「家族」について少し書いたけれども、家族の役割というのは、何より、そういう信頼の原点を培うところにあると言えるだろう。

しかし、どんな子どもでも、その無防備さゆえに、ときにひどく傷つけられて、だんだん防備を固めてオトナになっていく。自分が傷つけられた人は、無防備な人をなんだか許せず、無意識に傷つけてしまう。そういう不幸な連鎖がある。

先週、ある不登校経験者の方と話をしていたとき、ひきこもっていたときは部屋にバリケードを築いていたという話を聞いた。別の父親の方は、子どもが6年部屋にこもって、食事もトイレも部屋でしている(簡易トイレで)と話されていた。この気持ちは、よくわかる。そうまでしないと、生き延びられなかったのだ。こういうとき、無理に引き出そうとする人たちは、その人をさらに否定し、攻撃し、憎悪を増幅させてしまう。それでは、物理的に引き出すことはできても、魂を殺してしまう。

バリケードを築いているのは、何もひきこもっている人だけではない。学校は門扉を閉め、街には監視カメラが設置され、みんなが信頼感を失い、疑心暗鬼になっている。子どもや若い人たちは、そのピリピリとした空気を肌で感じている。いま、私たちに必要なのは、無防備に、自分を世界に向かって投げ出せる勇気だ。それが信頼を増幅させていくことを信じて。


コムニタスのあり方について

コムニタス・フォロは、昨年10月にゼロ期として開始し、今年4月から第1期を始めた。ゼロ期は、週1回のサロンが中心で、あとは随時、現場プロジェクトなどの活動をしていた。この4月以降は、それを変更し、毎日、居場所を開き、活動を充実させていくつもりだった。いわばフリースクールに準じたかたちで、ある程度、クローズドな場として、じっくり活動できると思ったのだ。
が、どうもこの形式は、参加者のニーズに合っていなかった。まず、毎日、となると、どうしても会費が高くなってしまう。それに、毎日でも来たいというニーズは、さほど高くないように思えた。そこで、6月10日に開いた総会をもって、この形式を根本的に変えることにした。

あたらしい形式は、ゼロ期と同じく、毎週土曜日のサロンを中心に、随時(週1~2回)、企画やプロジェクトを実施していく。会費は一律5000円。これで、すべての活動に参加できる。そして、初めての人や、会員外の人でも、気軽に参加できるようにする。初めての人など会員外の人は、サロンへの参加を1回1000円、それ以外の企画は、企画によって費用をいただくことにする。それでも高いという声は当然あると思うが、これでも鼻血が出るほど、ギリギリまで低く設定したつもりだ。
このかたちは、いわば、「居場所的なネットワーク」とでも言おうか。フリースクールが、ある程度クローズドな居場所だとしたら、コムニタスは、より開かれた、ゆるやかなつながりとして活動を展開する。根なし草な私たちの、ゆるやかなネットワーク。ゆるやかにつながり、ゲリラ的にあちこちに出没し、さまざまな人に出会い、関係を豊かにしていく。そんなふうに構想(夢想?)している。

今後、企画スケジュールも、サイトで確認できるようにするので、参加されたい方は、気軽に問い合わせいただきたい。


こわれ者の祭典 in 大阪

kowaremono.JPG昨日、こわれ者の祭典in大阪に参加してきた。こわれ者の祭典とは、「病気」の体験発表&パフォーマンスイベント。さまざまな「病気」体験者が、自分をさらけだし、それをパフォーマンスにしてしまう。いまや有名になった、べてるの家の「幻想&妄想大会」を彷彿とさせる。

昨日の“祭典”も、まずは会場からのオープンマイクで始まった。さまざまな参加者が、自分の経験を、ごつごつと不器用に、全身でアピールする。言葉以上に、その不器用な姿から、伝わってくるものがあった。会場は笑いと拍手に包まれるが、それはけっして嘲笑の笑いではない。あたたかな共感の笑いだった。
その後、祭典主催者の月乃光司さん(アルコール依存症・引きこもり体験者・朗読家)、山本公成さん(頸椎損傷体験者・音楽家)、上田假奈代さん(詩人)の3人による鼎談と、それぞれのパフォーマンスがあった。それぞれ、「病気」による底つき体験があり、しかし、その底つき経験ゆえに、生かされていることを腹の底から感じ、自分をあるがままに受けいれるところから回復したという話をされていた。

この底をつく感じというのは、とても重要な気がする。見せたい「自分」にとらわれているうちは、苦しさから抜けられないし、いつも人の目線を気にして萎縮して生きている。ところが、どうにもカッコ悪い自分から逃れられず、「自分」がこわれてしまったところに、底をついた肯定感がある。少し大仰にいえば、これは親鸞の言う「絶対他力」の境地につながるものだと思う。そして、そういう底つきの肯定感からのパフォーマンスは、人をあっけらかんと笑わせる力強さがあった。たぶん、聞いている側も、ちっぽけな「自分」が揺さぶられ、自分の奥深くから笑いがこみあげてしまうのだ。私自身、自分のちっぽけさをすごく感じた。

月乃光司さんは、朗読のなかで、精神障害者も、アルコール依存症の人も、あらゆる「病気」の人が、自分の仲間だとうたいあげていた。底をついた肯定感でつながる仲間。それは、無限にやさしく、力づよい、いのちの連帯だと感じた。


第1期開始

4月7日から第1期を始めた。そこで、あらためてちょっと、能書きをたれてみたい。
コムニタス・フォロは、ニート・ひきこもりの若者を対象としているわけではない。対象としているのは、18歳以上で、設立趣旨に賛同するすべての人である。
働くことの意味が見いだせなかったり、居場所がなかったりするのは、ニートやひきこもりの状況にある人だけではない。たとえばゼロ期には、フルタイムで働く契約社員の人も、ずっと参加してくれていた。第一、「ニート」「ひきこもり」なんていうのは状況であって、そういう分類の人たちがいるわけではない。

たとえて言うならば、こういうことだ。駅にエレベーターが設置されれば、車椅子を使う人への「支援」になるだろう。しかし、ベビーカーで赤ちゃんを連れている人も、お年寄りも、ケガをしている人も、へべれけに酔っぱらった人も、いろんな人が助かる。エレベーターを必要とするのは、特定の分類の人ではなく、状況が必要とするのだ。

コムニタス・フォロも、そういう場としてありたい。いろんな人にとって居場所となり、状況に応じて必要とされる場。「ひきこもり支援」とか「就労支援」と言えば、一見、わかりやすいし、商売にはなりやすいかもしれない。しかし、人を勝手に分類して、上から「支援」のまなざしで手をさしのべるような無礼は、けっしてしたくない。


タモリ倶楽部?

「コムニタス・フォロは何をしているんですか?」と聞かれると、いつもちょっと返答に躊躇する。「何?」と聞かれれば、おしゃべり、料理、あちこち(現場)への見学、いろんな人に話を聞く……といったことになるのだが、それでは答えた気がしないのだ。居場所というのは、そういうものかもしれない。何かをしているから居られるのではなく、ただ居られる場所。しかし、それは言葉にしがたい。
それで、何かいい喩えはないものかと思案していたら、自分たちのやっていることが、あるTV番組に似ていることに気づいた。流浪の番組『タモリ倶楽部』である。いい年をしたオトナたちが集まって、おしゃべりをしたり、料理をしたり、あちこちに見学にいったり、いろんな人に話を聞いたりしている。いちおう仕事として出演しているのだろうが、自分たちが楽しくてやっているようにしか見えない。安斎さんはいつも遅刻してるし、力はぬけきっている。それでいて、大まじめに遊んでいる。いい喩えだと思ったのだが、関西では視聴者が少ない。それと、残念ながら私たちは、下ネタ度では『タモリ倶楽部』に負けている。それでも、わりと若い世代には通じるので、しばらくは、これで説明してみようかなと思っている。

野宿者排除と“引きこもり狩り”

今日、大阪市が長居公園の野宿者テントを強制撤去した。世界陸上を前に、公園の「美化」をはかったものとみられている。この野宿者排除が非人道的であることは言うまでもない。あらためて批判するまでもなく、これは文字通りの暴力、しかも、権力による弱者への暴力だ。
私がここに書いてみたいのは、野宿者排除と“引きこもり狩り”の共通性である。
思いつくままに、共通点をあげてみる。

・〈野宿〉〈ひきこもり〉せざるを得ない社会状況があるにもかかわらず、その構造的問題を問わず、個人のヤル気の問題として扱っていること。
・構造的な問題は、この社会に生きるすべての人に共通の問題であるのに、一部の人のみの問題だと思いこまされていること。
・施策は、当事者の「自立支援」をうたうが、当事者のニーズと決定的にズレていること。野宿者のために大阪市が用意した施設への入居に応じた人はゼロだったし(※)、若者自立塾の初年度参加者は想定の4割未満、本人の意思が尊重されていたら、もっと少なかっただろう。
・〈排除〉〈引き出し〉後のビジョンが皆無であること。
・〈排除〉〈引き出し〉は、本質的に暴力であること。
・周囲の偏見から、その暴力が許されており、繰り返されていること。
・暴力をふるう側が、善意を装って暴力を正当化していること。
・その暴力が、わずかに残された生存の場を奪うものであること。

まだ、ありそうだ。野宿者の問題は、けっして対岸の火事ではないのである。コムニタス・フォロでも、いろいろに考えていきたい。2/17のサロンでは、野宿者ネットワークの生田武志さんを招いて、学習会を開くことにしている。

※2/5朝日新聞夕刊によると


雨宮処凛×石原慎太郎対談を読んで

生まれて初めて、『週刊女性』を買った。「東京都知事VSゴスロリ作家 緊急ガチンコトーク60分」という記事を読むためである。作家の雨宮処凛と石原慎太郎東京都知事が対談している。
雨宮処凛(あまみや・かりん)は、自分自身の経験も踏まえ、若者がいかに生きづらい状況であるかを切々と説く。石原慎太郎は「それなら抵抗すればいい」と語り、自分自身が、不条理な目に遭っても、タフに闘って勝ってきたことを滔々と語る。それに対し、雨宮は「不登校・ひきこもりは静かな暴動」だと語るが、そのあたりは、石原には毛筋ほどもピンと来ていない。あげくの果てには、「最近の若者には耐性がないから鍛えないとダメだ」みたいな結論に行き着く。さもありなん、というところか。雨宮に対しては「マッチョの権化、石原慎太郎を相手に、よく善戦した!」とエールを送りたい。

この対談を読んでいて、思い出したことがあった。高岡健(精神科医)の、長田百合子(長田塾)への批判である。高岡によると、長田は自著で、自身が中学生のときに、いじめられていたが、そのおかげで「性格をなおすきっかけができた」と語り、高校時にはヤンキーとなることで、強い自分に転化できた、と語っているという。高岡は、こうした言説をひき、長田のやり方は、いじめの被害者が加害者となり、いまだに反復しているだけだと批判している。そして、いじめの反復を止めるには、いじめ集団の解体しかなく、それができるまでは、いじめ集団から離脱する道筋を明示することが不可欠だと語る。
石原慎太郎も長田と同じではないか。暴力の連鎖と同じで、怨念が連鎖しているのだ。
この怨念の連鎖に巻き込まれたら、逃げるしかない。そうでないと、自分も怨念の権化になってしまうから。

2/12の芹沢俊介×高岡健対談集会では、いじめの問題についても、聞いてみようと思う。

お知らせ

アドヴァイザーのひとり、上田假奈代さんの主宰するココルームというNPO団体がある。アーティストが集まって、いろんな活動をしているが、最近は、働くことをテーマにした企画も、次々に開いている。そのココルームで、来週の金曜日(26日)に呼ばれて、コムニタス・フォロの話をさせていただくことになっている。参加は無料なので、よかったら、ご参加ください。

→詳細はこちらを


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自己紹介:
「なにものか」でなくともよい場所、なるにわ(NPO法人フォロが開いてます)。毎週土曜日の午後にサロンを開いているほか、づら研(生きづらさからの当事者研究会/月に1回)、終末ティータイム、冊子『もじにわ』刊行、なるにわラジオ配信などの活動をしています。ブログは、おもにコーディネーターの山下耕平が書いています。

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