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なるにわ ぶろぐ

「なにものか」でなくともよい場所、なるにわのブログです。
なるにわの活動、づら研などについて
おもに、コーディネーターの山下耕平が書いてます。

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カテゴリー「「聞く」プロジェクト」の記事一覧

不純な狛犬~コマイナーズライブ

11月22日、コマイナーズのライブを、フォロでしていただいた。コマイナーズは、狛犬研究家でもあり、ヘルパーさんとして働く2名のユニット。勝ち犬でもなく負け犬でもなく、狛犬として生きることを目指しているので、“コマイナーズ”だ。ユニットの1名、マキさん(写真奥)には、以前サロンにお越しいただき、狛犬について教えていただいた。
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今回は、マキさんの相方、浜村不純さん(写真手前)が、たくさん話してくださった。名前からして哲学がある。「なぜ不純なんですか?」と聞いたところ、「純粋を求める人は、他人に不寛容やからね。人間には愚かしいことをする権利がある。だから、タバコも絶対やめへんし」とのこと。それは、浜村さんの生き方を貫いている哲学だった。
今回のライブでは、いろいろなことを話していただいて、先鋭的なことを語ってもいるのに、どこかゆるゆるで、緊張しないで聴けた。たぶん、いくらカッコいいことを言っていても、自分に無理があったり、純粋を求めてたりしたら、聞くほうも緊張したり、かまえてしまって、すっとは耳に入ってこないだろう。コマイナーズのようなかまえは、とてもステキだなと感じた。

演奏してくださった曲のなかで、私が気に入ったひとつを紹介したい。ちなみに、歌詞は浜村不純さんが、曲はマキさんがつけているそうだ。
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【だんだんばたけ】

だんだんだんだんだんだんばたけ
だんだんだんだんだんだんばたけ
だんだんぼくらはめたもるほーぜ
だんだんぼくらはむとんちゃく

ぼくらを耕そう
ぼくらを差し出そう

だんだんだんだんだんだんばたけ
だんだんだんだんだんだんばたけ
だんだんぼくらはめたもるほーぜ
だんだんぼくらはぼくらでなくなる

世界がむくむく
果実はカラフル
…………………………………………

P.S. 関係ないが、昨日のタモリ倶楽部でも狛犬研究家の方が出ていた。狛犬の鼻の形を写し取る、魚拓ならぬ“狛拓”をしている人で、とってもおもしろかった。


虐待について

虐待について考え合いたいということで、NPO法人えんぱわめんと堺の北野真由美さんにお越しいただき、お話をうかがった。
kitano.JPG
虐待についてマスコミでは、通報件数の急増が報道され、虐待死など重大事件が大きく取り扱われるので、そうした現象ばかりに目を奪われがちだ。しかし、虐待というのは、そういう外形的に見えることばかりではない、と北野さんは言う。

身体的・性的な暴力やネグレクトなど心理虐待が虐待であるのはもちろんだが、子どもが苦しんでいるのは、そういう暴力だけではない。「いい子」であり続けねばならないという圧力、競争し続けなければいけないという構造的な暴力、いろんな力によって、子どもは苦しめられている。それも広い意味では虐待だと北野さんは言う。

虐待は英語で“abuse”だが、これは「力の濫用」という意味だ。親から子どもへ、教師やオトナから子どもへ、力の濫用は「善意」の名のもとに、日常的に起きている。そして暴力の被害者は、「恐怖・不安」「無力感」「選択肢がない」という3つの心理状態に追い込まれるという。北野さん自身、娘によかれと思ってしてきたことが、本人を、それと同じ心理状態に追い込んだ経験があるという。そして、そうした心理状態に追い込まれた人は、身動きができなくなり、さらに追いつめられれば、他者への加害行為にいたることもあるという。加害行為が問題なのは当然だが、そこに追いつめている構造があるのだ。
親やオトナは、子どもに対して力を持っているだけに、自戒が必要だ。そのためにも、子どもの声を聴くことは重要なのだ。

ブルーハーツの歌に「弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者を叩く、その音が響き渡れば、ブルースは加速していく」というフレーズがあったが、虐待にも同じことはあるのだろう。虐待の加害者である親もまた、被虐待者だったり、孤立していたり、構造的な暴力にさらされていたりする。そのことに気づくことができれば、力は弱い者へと向かうのではなく、自分への問い直しとなり、そこから社会への怒りや、構造的暴力への怒りとなっていくのだろう。自分たちの力を、社会構造を変える力として使うこと。そうした方向でつながりあっていくこと。お話しを聴きながら、そんなことを考えた。


野宿者問題の授業

生田武志さんにお越しいただき、野宿者問題の授業をしていただいた。
フォロで授業していただくのは2回目。
今回は、フリースクールの子どもたちもいっしょだったので、7歳から大人まで相手の授業は、さぞかしやりにくかったのではないかと思うが、簡潔にわかりやすく、お話ししてくださった。
ikutalec.JPG
お話は、住宅街の写真を見ることから始まった。公園のベンチ、歩道、花壇、あらゆるところに突起物やフェンスが張りめぐらされている。野宿者が寝ころんだりできないようにするためだ。ひどい例では、公園が丸ごと立ち入り禁止になっていて、誰も使えない状態になっている。大阪市内には野宿者が1万人いると言われるが、家を失い、行き場を失った人たちを、さらに排除しているのだ。しかし、排除されたところで、もともと行き場がないのだ。いったい、どうしろと言うのだろう。



生田さんは言う。
「地震などで家を失った人たちが、公園や学校など、公共の土地に住むことは当然とされています。しかし、さまざまな事情から家を失い、野宿している人たちは、慢性的に被災している人とも言えるのに、排除されています」

野宿者のうち、大阪市だけで、少なくとも年間200人以上が路上死している。また、襲撃事件は日常化していて、殺されてしまうこともある。にもかかわらず、ほとんど報道されることがない。
「繁華街で連日、人にガソリンをかけて放火し、殺人未遂を犯した犯人を特定できず、現在も逮捕にいたっていない」
被害者が野宿者でなかったら、これはマスコミが大騒ぎする事件のはずだ。

野宿者を襲撃するのは、10代の少年グループがほとんど。襲撃について語った少年は「何もしてないホームレスには価値がない」「無能な人間を駆除、掃除したようなもの」などと話した。

生田さんは、それは本人たちが言われてきたことの裏返しだろうと指摘する。
何もできない無能な人間には価値がない、生きている意味がない。そういうなかを生きている子どもたち。だから、その投影としての野宿者を若者が襲撃する。子ども・若者と野宿者のサイアクの出会いだ、と。

しかし、一方では、まったく異なる出会いもある。
釜ヶ崎では、子ども夜回りがずっと行なわれている。

おそらく野宿者問題の一番大きな問題は、野宿者を同じ人間として見ていないことにあるのだろうと思う。
だから、善意の人たちが平気で排除し、路上死に目をふさぎ、報道もされない。

まずは、出会い、同じ人間であるという、あまりに当たり前のことを感じること。そこからしか、始まらないのだろうと思う。

5日(土)、私たちも野宿者ネットワークの夜回りに参加させていただく。


お知らせなど

このところ、ブログへの書き込みをサボっていて、気づけば長らく更新していなかった。
この間のことでは、いろいろ書きたいこともあるのだが、なんだか頭の中で散らばっていて、文章に結晶化しないというか、そんな感じだった……。そういうときは、無理に言葉にしようとするとウソになるというか、空回りしてしまう。

しかし、あんまり更新していないのも何なので、お知らせをいくつか。

人民新聞という新聞に取材されて、コムニタス・フォロのことや、サロンで不登校について話し合ったときのことが掲載されている。その後、同紙の座談会にも招かれたので、その記事も近々の号で掲載されることと思う。

・明日(7/1 17:30~)、生田武志さんを招いて、野宿者問題の授業をしていただく。生田さんは、野宿問題に長く関わっているが、広い視野から、不登校、ひきこもり、ニート、フリーター、野宿者などをつなげて考えておられて、お話しはいつも、とても刺激的だ。つい先日も、東京のほうで野宿者襲撃事件があったばかり。じっくりと考え合いたい。5日(土)の夜には、希望者で夜回りにもいっしょに参加させていただく予定。

・7/12(土)には、NPO法人えんぱわめんと堺の北野真由美さんにお越しいただき、虐待問題について、お話をうかがう。児童虐待は07年度の相談件数が4万件を超えたとの報道があった。いまの社会の貧困が生み出している問題のひとつであることは、まちがいない。そもそも何を虐待というのか、実態はどうなっているのか、何をどう考えていけばいいのか、うかがいながら、考え合いたい。

※これらのお話は、後日、ブログ上でも報告したい(サボらずに!)。


狛犬から世界が見える!

先週のサロンでは、「狛犬から世界が見える」と題して、狛犬の話をじっくりとうかがった。お話してくださったのは、コマイナーズというバンドを組んでいるマキさん。ふだんは介助や高校講師の仕事をされている。
0126.jpg
狛犬は、どこの神社にもあるが、あまり気にとめる人は少ない。狛犬を拝む人もあまりいないだろう。何のためにいるかわからないが、かならずいて、みんなが知っている。
狛犬のルーツは、獅子。エジプトのスフィンクスのように、もともとは権力の象徴だった獅子が、中国でなぜか二つ組になって、日本で阿吽(あ・うん)の二つ組になった。そのうち、「阿」が獅子で、「吽」が狛犬なのだそうだ。獅子はライオンだが、狛犬は空想上の動物で、よくみると頭頂に角もあって、犬ではないとのこと。
しかも、狛犬は権力くさくない。日本にきて、ゆる~い存在になってしまったため、いくらでも想像力をふくらませることができて、職人たちによって、かなり自由に造形されてきたそうだ。そのため、各地でかなりのちがいがある。関西では、しっぽの立った「浪速おだち」が主流。関東ではしっぽが流れている「江戸流れ」が主流。そのほか、備前焼きのものや木製のもの、じつにさまざまな狛犬がいる。写真を見ているだけでも、ほれぼれするほど、おもしろかった。ちなみに、沖縄のシーサーは「阿」しかいないため狛犬ではないという説もあるが、マキさんは、存在感からいって狛犬に分類しているとのこと。たしかにシーサーも権力くさくはない。

マキさんは言う。
「勝ち犬とか負け犬とか言うけれども、そういうせせこましい生き方はどっちにしてもおもしろくない。そういう生き方から降りたのが狛犬。そういう狛犬みたいな人をコマイナーと言うことにしてます。ちっちゃい権力志向の小メジャーに対して、小マイナー(笑)」

う~ん、おもしろい。狛犬がこんなにおもしろいとは知らなかった。コムニタスは、まさにコマイナー志向だ…………と気づけば、このブログをはじめ、コムニタスのロゴには、なんと狛犬を使っている! この狛犬は、秋田のなまはげの神社にあった狛犬を私が撮ったものだが、ジャック・ニコルソン似のイケメン姿にほれこんで、ロゴに使っていたものだ。きっとこれは偶然ではない。狛犬スピリッツがビビビッと伝わっていたにちがいない。

あたたかくなったら、大阪市内の狛犬ツアーに連れていっていただく予定にしている。

(写真がマキさん。心なしか狛犬に似ている……)


ちんどん通信社 林幸治郎さんに聞く!

ちんどん通信社の林幸治郎さんにお越しいただき、じっくりお話をうかがった。
林さんは1956年生まれ。大学時代にアパートのそばを通りがかったチンドン屋さんのトランペットの音に惹かれて、学内でチンドン研究会を立ち上げ、卒業後は、西成のチンドン屋さんに住み込みで働く。チンドン屋さん自体が衰退産業のなか、新人さんが来るのは30数年ぶりだったとのこと。林さんの次に若い人が58歳だったという。
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学校に行っていたときは、出会うオトナは親や先生など、マジメで品行方正なオトナばかりだった。ところが、チンドン屋さんに入ってみれば、「これでも生きていけるんだ」というような60~80代の人たちがたくさんいて、家も貯金もないのに、毎日が楽しそうだった。林さんは、将来のことを考えて、日々が不安になるより、その日一日が楽しいということの大事さを感じたという。

林さんは3年後に独立する。最初はバイトしながらだったそうだが、いまでは25名のスタッフを抱える大所帯。年間1000件もの仕事をこなしている。94年には、林さん原作のドラマがNHKで放映されるなど(銀河ドラマ『青空にちんどん』)、林さんはチンドン界“中興の祖”じゃないかと思うのだが、ご本人は、いたって謙虚な方だ。

お話をうかがっていると、その謙虚さは一貫していて、林さんを貫いている哲学だといってもいいように思った。
チンドン屋さんに入って、最初の5カ月は、ノーパン喫茶のサンドイッチマンの仕事だったという。寒い日も暑い日も、ただ、ひたすら立ち続ける。しかし、立ち続けていると、いろんな人に話しかけられ、たとえばホステスさんの身の上話も、よく聞いたそうだ。
チンドンについてまわるようになってからは、「住宅街を発見した」という。住宅街にいるのは、主婦、子ども、老人、障害者、病人などで、お年寄りから戦争体験を聴いたり、子どもからも「家に帰っても誰もいない」といった身の上話を聞いたり、さまざまな話を聞いた。チンドン屋さんは、見下されているがゆえに、かえって相手はガードを解いて、自分のぶざまなことでも話してしまう。そういうコミュニケーションのおもしろさがあると、林さんは語っていた。

チンドン屋さんは、芸能の世界では最底辺に位置していて、ミュージシャンでも演劇の人でも、「ああはなりたくない」と思っているものだそうだ。たしかに、人を揶揄するのに「チンドン屋みたい」と言ったりする。また、チンドン屋さんは、路上をまわるため、見たくない人、聞きたくない人にも不快を与えない技術が必要だという。そこが、ホールや劇場で演じるのとは根本的にちがう。街ゆく人は基本的にブルーで、おもしろくない思いもいっぱい抱えている。街は、劇場のような“ハレ”の場ではなく、日常の“ケ”の場だ。しかし、路上だからこそ花咲く技術があるのだという。たとえば、ラーメン屋さんのチャルメラの音。聞くとはなしに聞こえてきて、食欲をそそられる。こちらが表現を押しつけるのではなく、なんとなく人を引きよせてしまうような音――。それでも、塾通いばかりしている子どもたちのいる住宅街などに行くと、けむたがられることはあるそうだ。

林さんは、人々の息づかいのなかで仕事をしている。そういうふうに感じた。お話を聞けば、ずいぶん著名な方ともいっしょに仕事をしているし(岡林信康、岩崎ひろみ、ジャッキー・チェンetc...)、世界中で仕事もされている。しかし、まったくエラそうな素振りがなく、カッコつけていない。見下されることをよしとし、それゆえにコミュニケーションの息づかいのなかで仕事をされている。それは、とてもすごいことだと思う。

お話は、3時間近くにわたってうかがったが、まだまだ聞きたりないほどだった。また、今度は、チンドン屋さんについて街を歩かせていただけないかとお願いした。きっと、街の風景も、ちがって見えるのではないかと思う。


ちんどんチャンス

ココルームに“ちんどん”を聴きに行ってきた。ココルーム主宰の「ちんどんチャンス」という長期企画の第1回目。今回は、ちんどん通信社のライブをたっぷり堪能して、ちんどんの歴史や実際の活動のあれこれをお聴きした。
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私なんかは、チンチンドンドン音がするだけで、ワクワクしてしまうが、大衆演劇のような出で立ち、キッチュに派手な色合い、視覚的にもグッとくるものがある。こう言ってはなんだが、いかがわしい感じが、たまらなくいいのだ。

ちんどんが始まったのは明治時代。昔は口上のみで、猥談まじりの口上で客寄せをしていたそうだ。太鼓などの楽器が登場するのは大正時代に入ってから。アメリカのドラムセットをマネしたのが最初だそうだ。

今日はライブハウスのような部屋の中での上演だったが、ふだんは街中でのこと。通り過ぎる人たちには、キゲンの悪い人もいれば、酔っぱらいもいる。からんでくる人もいれば、いきなり「○●歌ってくれや」というようなリクエストがきたり、臨機応変、その場その場に応じて、さまざまにパフォーマンスする。ひどいときには、生卵を投げつけられたこともあったそうだが、逆に、演じている最中に酒をふるまわれたり、まんじゅうをもらったりすることもあって、それはそれでタイヘンだとか……。ただ、ちんどんの魅力は、一方的に演じるわけではなくて、そこに、さまざまなコミュニケーションがあることなのだと、お話を聴いていて、すごく感じた。
ちんどん屋さんは、何かと見下されることが多い。しかし、「見下されることの利点がある」と、林幸治郎社長は言う。
「ちんどん屋だと見下しているから、初対面の相手なのにグチをこぼしにきたり、世間話をしにくるんです。そこにコミュニケーションがある」
さらりと言っていたけれども、この態度の決め方というのは、すごいと思う。誰にとっても、コミュニケーションを考えるときに、とっても大事なことだと思った。

林社長には、コムニタスのアドバイザーを引き受けていただいてもいるので、近々に、お話しに来ていただければと思っている。社長の個人史も含めて、じっくりとお話しをうかがいたい。


シリーズ仕事人「樹医の話」 盛田直樹さん

今回は、樹医の盛田直樹さんにお話をうかがった。
盛田さんは、青森の出身で、高校卒業後、東京でサラリーマン生活を6年ほど続けていたが、頭ばかりを使う生活に違和感を覚えて休職し、自分のことを考えたいと、半年ほど無為の生活を送った。そして、日本樹木保護協会に連絡をとり、樹に関わる仕事を始めてみたら「自分にピタっときた」という。以前からインディアンの世界観への興味もあって、木や大地の霊性に感じることは多かったようだ。
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さて、樹医とは、どのような医者なのだろうか? たとえば害虫などが出ている場合、その虫の駆除だけを考えていては治療にならないという。まず、なぜその虫が異常発生したかの原因を探る。すると、ちょっと離れたところで工事があって、その木の根がダメージを受けていたりする。そういう原因をほうっておいて、出てきた症状にだけ対処しても治すことにはならない。木も人も、いろんな生物の関わりのなかに生きていて、そのバランスがとれていないと不調を来す。治療は、そのバランスを回復することにあると言える。いわば発想が東洋医学的なのだ。そのあたりの話は、とても興味深かった。

しかし、樹医の仕事だけでは食べていくことはできない。盛田さんは、お金を稼ぐ仕事としては造園業を営んでいる(創景舎らくだ屋造園)。6年ほど修行して5年前に独立。日々、汗を流しながら日当を得ている。それ自体は「小さな世界」だという。お話をうかがっていると、まさに肉体労働で、1回木の上に登ると3時間は降りずに作業を続けるそうだ。盛田さんいわく「命のやりとりをしている」「油断するとこっちが危ない」。予定は天候に左右され、雨が降ると休み。だから、スケジュールを予定的に組むことがなかなかできないそうだ。

また、樹医の仕事はなかなか入ってこない一方で、治療とは反対の伐採の依頼はたくさん入ってくる。そのあたりは葛藤もあるようだ。日本では木への感性は鈍くなる一方だ。盛田さんは3年前にイギリスに留学しているが、イギリスでは50年経った木は共有財産になるという。伐採するにも、木のライフサイクルを考え、いちばんエネルギーの充実している冬に伐ると、その木は死ぬことなく再生していく。それに対し、日本では、木々のバランスも考えず、ただジャマだからと伐採していく。それは、木と生活の結びつきが離れているからではないかと、盛田さんは話していた。家屋にしても、燃料にしても、木を切らせてもらって、そのおかげで自分たちの生活が営めているという感覚は、ほとんどなくなっている。また、植林して木材になるまで育てるサイクルは数十年単位だが、この数十年で、それはまったく狂ってしまっている。山を自然だという人がいるが、ほとんどの山は田んぼのようなもので、「自然」ではない。だから、人の関わりによって、まったく変わってしまう。

盛田さんは伐採で得た収入を基金としてストックし、将来的には、その基金を元手に木家集団をつくりたいと話していた。木家集団とは、山主から製材者、大工さん、建築家など木に関わる人がつくる団体のことで、木に対する哲学をもった、ひとつのサイクルをつくることと言えるだろう。
  *  *  *
どんな仕事にも矛盾はあるし、日々の仕事は、それ自体は地味なものだったりする。けれども、根に哲学をもっていたり、長期のビジョンを持っていると、日々の仕事の意味も変わってくるように思う。盛田さんのお話をうかがいながら、そんなことを考えていた。


シリーズ仕事人「坊主の話」

hori.JPGシリーズ仕事人として、お坊さんに来ていただいた。といっても、かなり風変わりなというか、ええ加減なというか、気さくな坊さんである。
堀蓮慈さんは、25歳のときにワーキングホリデーでオーストラリアに渡った。そのとき、それまで背負ってきたものから解放されて、ひとりの人間として生きている実感があったという。帰国後も、ただマジメに働く気はせず、予備校の講師をしたり、自宅で塾などを開いていたが、83年からフリースクール研究会を開く。以後、フリースクール運動にずっと関わってきた。堀さんのなかでは、学校という世俗から離れたフリースクールも、世俗社会から離れた仏教の世界も、ある意味では同じ世界だ。

得度したのは8年前。人生、快楽を追求しても、はかないと感じ、仏教青年会に通いはじめ、その縁から得度した。しかし、日本ではあまり仕事はしていない。世俗を捨てると同時に、日本にも見切りをつけているようで、来月からオーストラリアに渡って布教活動をするそうだ。堀さんは、「国民意識なんていうのは近代以降につくられた底の浅いものでしかない。私の籍は浄土にある」と語る。

話は、かなり宗教のディープな部分にもおよび、なかなかおもしろかった。が、何よりの耳より情報は、坊さんへの就職情報だった。仏教系の専修学校に1年通えば坊さんになることはできて、うまくすれば1日4~5時間働いて月収20万得られるそうだ。ただ、古い社会でもあるので、人間関係やコネがものをいうので、そのあたりは縁次第、とのこと。
それと、日本だけが世界ではない。海外に出てみると、自分が縛られているものが見えてくる、という話もおもしろかった。たしかに、ほかの文化に触れないと、自分が空気のようにあたりまえにしている文化は見えてこない。

いざとなれば坊主になる。そう思っているだけでも、ラクに生きられる気がする。いまの社会は、たぶん経済的な世俗価値観で一元化されてしまっていて、それが息苦しいのだと思う。堀さんみたいな、ええ加減なオヤジがひょうひょうと生きているというのは、なんだか楽しい。堀さんは浄土真宗の真宗大谷派だが、大谷派のいいところは、ええ加減なところだと語っていた。ゆるく世俗からズレて生きる。そういうふうに生きていけたらなと思った。


Profile

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なるにわ
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自己紹介:
「なにものか」でなくともよい場所、なるにわ(NPO法人フォロが開いてます)。毎週土曜日の午後にサロンを開いているほか、づら研(生きづらさからの当事者研究会/月に1回)、終末ティータイム、冊子『もじにわ』刊行、なるにわラジオ配信などの活動をしています。ブログは、おもにコーディネーターの山下耕平が書いています。

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