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なるにわ ぶろぐ

「なにものか」でなくともよい場所、なるにわのブログです。
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書評:『キリンの子』鳥居歌集

 鳥居さんの歌集『キリンの子』を読みました。何首か短歌を引きながら、感想を書きたいと思います。(森下裕隆)

 *****

 一読して静謐(せいひつ。静かで落ち着いていること)な歌集だと感じました。もちろん、壮絶な体験について詠んだ歌も数多く収録されていますが、それも痛みや苦しみを前面に押し出すようなものではなく、感情は適度に抑制されています。

「精神科だってさ」過ぎる少年は大人の声になりかけていて
理由なく殴られている理由なくトイレの床は硬く冷たい

 一首目。精神科通院への偏見に対する怒りがないはずはありません。ですが下句(五七五七七のうち、七七の部分)では、心の病とは無縁に成長しているであろう少年へのある種のまばゆさも感じさせて、淡い印象の歌になっています。
 二首目。殴られることとトイレの床の硬さ冷たさ。本来同列に語られることのないふたつの「理由のなさ」を並べることで、主体(しゅたい。短歌の中の主人公)の逃げ場のなさ、やり切れなさを表しています。

慰めに「勉強など」と人は言う その勉強がしたかったのです


 おそらく初期の作品。率直な意志の表現が胸をうちます。高らかにうたいあげるのではなく、うつむき加減で口の中だけで絶叫しているような、力のある歌です。
 また、この歌集には著者の幼少期を詠んだ歌も多く収録されています。いなくなってしまった母、祖父母、なくなってしまった家……。これらの歌は哀しみとも憧憬ともつかないような感情に彩られています。

祖母のこと語らぬ母が一人ずつ雛人形を飾る昼すぎ
もう誰も知らない母の少女期をみどりの蚊帳で包めり昭和
まだみんな家族のままで砂浜に座って見つめる花火大会


 とくに、「母」に対する強い想いを感じる歌を二首引いてみます。


目を伏せて空へのびゆくキリンの子 月の光はかあさんのいろ
枯れた葉を踏まずに歩く ありし日は病に伏せる母を疎みし


 愛おしくても疎ましくても母を想うこころ。月の光や、枯れ葉を踏まずに歩くという行為は、母のたましいへの慰めのようにも見えます。


母は今 雪のひとひら地に落ちて人に踏まれるまでを見ており

 *****

 また、鳥居さんは連作として短歌を発表することに意識的な歌人だと感じました。連作とは、内容的な繋がりを持った複数の短歌のまとまりのことです。
 『キリンの子』にもたくさんの連作が収められていますが、その中でもとくに印象的だったのが「野菜の呼吸」という15首の連作です。
 この連作には、自身の壮絶な体験や苦悩を詠んだ歌はほとんどなく、八百屋での労働の風景が淡々と描写されています。


早朝の八百屋は群青色をして植物だけが呼吸している
南瓜を半分に切り並べれば棚一面に金が輝く

 二首目は、この歌集の中でも一二を争うような秀歌だと思います。八百屋で働いていれば見慣れた光景であるはずなのに、一瞬の奇跡のように金色に輝く南瓜の断面。心理的な描写を用いずにその一瞬の感動を巧みに表現しています。

大根は切断されて売られおり上78円、下68円

 奇妙にも思える数字のディティール(細部)への注視が印象的です。


ふよふよのみかんは見切り品にする手で触ってもふよふよわからず
陳列台の青い光に照らされるきのこは山に帰りたがって

 無心に働いているようでも、主体の心が、商品である野菜や果物に乗り移っているかのようです。一首目の、ふよふよ、は柔らかなオノマトペ(擬態語)ですが、どこか哀しみも感じさせるような響きです。


みわけかたおしえてほしい 詐欺にあい知的障害持つ人は訊く

 八百屋の客なのか、いっしょに働いている人なのか、知的障害を持つ人が登場します。「みわけかた」とは、いい人とわるい人の見分け方、ということでしょう。
 主体もまた、「みわけかた」がわからない人なのかもしれません。手で触ってもみかんのふよふよがわからないように。


八百屋なら生きていていい場所がある緑豆もやし積み上げながら

 *****

 『キリンの子』の後半には、鳥居さんの近作が収められています。その中から、とくに良いと思った歌を三首引きます。


屋上へつづく扉をあけるとき校舎へながれこむ空のあお

 目も眩むような明るい青空を思い浮かべます。扉をあけることで、世界が一気に拡がっていくような、ダイナミックなイメージの歌です。


ほんとうの名前を持つゆえこの猫はどんな名で呼ばれても振り向く

 「どんな名で呼ばれても振り向く」のは、「猫」が生きるための強かな戦略なのでしょう。「ほんとうの名前を持つゆえ」は逆説的な物言いにも思えますが、ほんとうの名前(=ほんとうの心?)を誰にも告げずに、ただ生き延びるために生きてきた野良猫の悲哀も感じさせます。

秋風のうすく溜まれる木の皿に亡母(はは)の分まで梨を並べつ

 鳥居さんは絵画を描かれていた時期もあったそうですが、この歌には静物画のような趣があります。木の皿の柔らかな丸いフォルムと、切って並べられた梨の瑞々しさが視覚的にイメージできます。「秋風のうすく溜まれる」という修辞(レトリック)も巧みです。

 *****

 セーラー服や過酷な生い立ちばかりが注目される鳥居さんですが、歌人としては、かなり落ち着いた、クラシックな歌を詠まれていると思います。これまで短歌にあまりなじみのなかったひとも、『キリンの子』を書店で見かけられたら手にとってめくってみてください。きっと奥深い短歌の世界が拡がっているはずです。

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  • by 鳥居
  • 2016/04/06(Wed)22:26
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「なにものか」でなくともよい場所、なるにわ(NPO法人フォロが開いてます)。毎週土曜日の午後にサロンを開いているほか、づら研(生きづらさからの当事者研究会/月に1回)、終末ティータイム、冊子『もじにわ』刊行、なるにわラジオ配信などの活動をしています。ブログは、おもにコーディネーターの山下耕平が書いています。

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