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2012 01,23 17:02 |
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1.引っ越しのお知らせ 現在、入居しているビルが取り壊されるため、3月に引っ越します! といっても、ご近所です。現在の場所から徒歩10分ほど、最寄り駅は天満橋駅に変わります。 電話番号は変更ありません。
〒540ー0036
大阪市中央区船越町1-5-1 サンゼンハイツ1F
Tel: 06-6946-1507/FAX: 06-6946-1577
地下鉄谷町線「天満橋駅」4番出口徒歩3分
京阪「天満橋駅」徒歩5分
また、引っ越し記念にパーティーを開きます。よろしければ、いまフォロの入っている建物へのお別れに、遊びに来てください。 http://www.foro.jp/info/information.html 2.次回のづら研 諸事情により、次回のづら研は、2月20日(月)13時~開きます。 ふだんは第1月曜日ですが、おまちがえのないように。 テーマは「承認」についてです。 PR |
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2011 12,05 23:32 |
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今日のづら研は、ジェンダーがテーマだった。前半、貴戸理恵さんに講義をしてもらって、後半は男女別で話し合った。前半の講義は、近代家族論に始まり、恋愛というものが、いかに近代に形づくられてきた価値観かということを示していただいたように思う(ざっくりしすぎているが、ご容赦を)。その講義を受けて後半、男性部会のほうは、おもに「承認」をめぐる話となった。異性に求める承認と、同性に求める承認がちがっているのはなぜか? 異性に何を求めているのか?
「同性との関係は、いわば戦場における戦友のような感じ。異性に求めるのは、戦場から帰ってきた自分を癒してもらいたいという感じ」「ほんとうは母親から認めてほしかったという思いが根っこにある」「異性に承認してほしいという気持ちは、ややもすると際限ないものになってしまい、危険だと思うことがある」といった率直な声があった。話し合うなかで出てきたのは、承認してほしいと求めてばかりいても関係は成立しないし、せっかくの関係が破綻してしまうことも多い、ということだった。
野宿者支援の活動をしているAさんは「野宿者のなかには、誰からも承認されず、アルコールやギャンブルに依存している人も多い。人は承認がないと生きていけないのだと思う」と話していた。野宿者にかぎらず、自分の存在が受けとめられていないという不安から、いろんな依存症は生じていると言えるのだろう。
Aさんは、また次のようなことを語っていた。
「だから、偽物とわかっていても、二次元や恋愛ゲームでも愛を求めてしまう。野菜から栄養を摂るのがほんとうでも、栄養がないと死んでしまうからサプリメントを飲むみたいに。でも、野菜にはほんとうは苦みもあって、苦さもあるのが愛なんだろうけれども、サプリには苦みがない。苦みを受けいれることが大事なのに、人間関係において、そういうことがなくなってきているように思う」
言い得て妙だなと思った。たぶん、相手が人間なのに、サプリ扱いしてはいけない、ということでもあるだろう。女性部会の声はちゃんと聞けていないが「サプリ扱いするな!」という経験を持つ女性は多いような気がする……。最後におたがいの報告をした際には、女性から「異性としてではなく人間と人間として関係したいのに……」という声もあった。
今回の話の流れから、次回は、承認をテーマに、Aさん含む男性2人にレポートしてもらうことになった。その後、女性からも同じテーマでレポートしてもらったらよいのではということになっている。
※参加者のなかには「自分は異性でも同性でも極端には変わらない」と話していた人もいて、男性/女性というのは、簡単に引ける分割線では本来ないだろう。
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2011 10,18 23:46 |
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10月16日、「働かないで、どうするの?」と題して、ひきこもり名人、勝山実さんをお招きして、公開づら研を開いた(づら研は、生きづらさからの当事者研究会)。
勝山さんとは、以前に一度だけお会いしたことがあったものの、お話をゆっくり聴いたのは初めてだった。話はよかった。後半の、公開づら研のやりとりは、なおよかった。なぜ、よかったかと言えば、参加者から本音がいっぱい出て、それに対して勝山さんがオタメゴカシをまったく言わず、踏み込んでツッコミを入れてくれ、話し合いが深まったから。
内容以前として、勝山さんには徹底したスタンスがあったと思う。それは、サクセスストーリーにはけっしてさせないということだ。経験談は、サクセスストーリーに陥りやすい。「かつてしんどい時期はあったけど、いまは大丈夫、元気にやってます。だから、いまはしんどいあなた(のお子さん)も大丈夫」というような。そういう陳腐なストーリーへの徹底したアンチがあったと思う。
まず、前半のご本人の話は、遅々として展開しなかった。本音を言えば、著書と比べると、ずいぶんグダグダしているというか、著書がよいだけに「もっと聞きたいところがあるのに!」と、時計を眺めながら内心ハラハラしていた。しかし、経験について語るというのは、そんなにスッキリ整理されたものではないのが本当なのだろう。スッキリさせてしまうと、それはウソくさい陳腐な語りとなってしまう。そして、それは親の安心にはなっても、当事者本人の安心からは遠ざかってしまう。
参加者は81名と盛況だった。ただ、それだけに当事者にとってはしんどい会場だったとも言える。そういう点にも、勝山さんからは歯に衣着せることなく、ツッコミが入った。そういう状況へのアンチもあったのかなと邪推するが、ご本人からして、打ち合わせ時間には遅刻、休憩時間からもなかなか帰ってこない、質問中にはトイレに立って「ひきこもりには社会性がないですから」とシレっと言うあたり、勝山実は一筋縄ではいかないと思った。勝山さんは、カッコいい話で納得させるというのではなくて、自分の生身と本音をさらしてみせたのだ。だから、参加者からも生身と本音が出されて、そこでのコミュニケーションがあったのだと思う。
ここまで書いて、話の内容に触れてないことに気づいた……が、まとめられないので、印象的だったフレーズをいくつか。
・ふとんを干さないひきこもりは半人前だ。
・安心ひきこもりライフは、いつでもそこに帰ってこれる土台のようなもの。
・支援者には社会性がない。
・「たら・れば」の話をしても意味がない。
・何より、まず自分のことを考えましょう。
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2011 10,06 16:39 |
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メンバーのひとりから、「実際問題、あなた自身はどうなんだ?」というような問いかけをもらった。
私自身の現状を言えば、NPO活動を続けてきた結果、“NPOプア”状態で、NPO活動だけでは食べていけないので、34歳から年長フリーターに参入し、つい最近までバイトしながら食いつないできた(最近、引っ越しのためバイトは辞めたところ)。
いわば半身でカネを稼ぎ(しかし低賃金!)、半身でNPO、部分的に魂を売りながら、なんとか活動を続けているというのが、正直なところだ。それで継続的に身が持つのかといえば、はなはだ疑問だが、居直って言えば、それが成り立たないような社会はおかしいのだ。
鶴見俊輔が、何かの著書で、「ひげ面の兵隊は信じられる」というようなことを書いていた。戦争目的を疑うことなく信じている若いエリートが一番危なくて、年輩でひげ面の、厭戦的でやる気のない万年一等兵とかが、いちばん信じられる。徴兵自体は避けられず、いやおうなく戦争に巻き込まれたなかで、半身で身を処して生き抜いている。そういう人は、やみくもに人を殴ったりしない。たしか、そんな話だった。
私もたぶん、ひげ面の万年一等兵だ(ひげは生やしてないけど)。バイトなどをしていると、そういう人に出会ったりすることもある。空間自体は“戦場”でも、そこに生きているのは人だ。戦争関係ではない人間関係は、細くても結びうる。そんなふうに思う。
いやおうなく巻き込まれながらも、半身でズラしつつ、戦場ではない世界を想像し、つむいでいく。自分のスタンスを問われるなら、そういうことになるだろうか。いささか、きれいに言い過ぎてはいるけれども……。
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2011 10,06 15:59 |
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づら研で思ったことの続き。
あらためて思うが、いまの社会は、さながら戦場なのだ。
故・渡辺位さん(児童精神科医)は、「不登校は戦争神経症と同じだ」と語っていた。
神経症になったら、戦場では戦えない。そのために命だけは救われる。自分でそうしようと思うより、意識下の生き物としての命の声がその人にそういう行動をとらせている。表面の意識では一生懸命戦って「天皇陛下のために死のう」と思っていても、命としてはそうさせなかったわけです。
そこで、子どもだって生き物なんだから命があるんだと、当たり前のことに改めて気づいたんです。子どもにとって、学校との関係で、そういう事態が起こるのだとすれば、学校とは何なのか。学校の日常が戦争といっしょとまでは言わなくても、どこか生き物としての子どもがその子どもであろうとするのを脅かすような場所なのではないか。もしそうであれば、戦争神経症と同じようなことが起きてもおかしくないのではないか。
国家は、戦争がはじまったら兵隊になるような考え方を持たせるし、経済成長がはじまれば、産業戦士に育成していく。学校は、そういう考え方を植えつけていくためのシステムにすぎないのです。
(フォロ1周年記念集会・講演録「不登校は文化の森の入口」より)
そういう意味では、いまの社会に不登校というかたちで反応を示した人が、働くことができないと反応するのは、当たり前といえば、当たり前のことだ。しかし、この戦場には外部がない。いやおうなく巻き込まれてしまっている。徴兵=就労を拒否しようとするならば、「病気」だとか「障害」だとかの、免罪符が必要になる(実際は、それも免罪符にはならないけれども)。良心的懲兵=就労拒否の道はあるのか?
結局、徴兵とちがうのは、拒否したところで、それは自己責任で片づけられてしまうことだろう。拒否する人を支えるものは、家族しかない。だから、ひきこもらざるを得ない。家族の支えのない人は、ひきこもること=拒否すらもできない。大ざっぱにイメージだけで言えば、戦場ではない世界に生きようとするならば、必要なのは、家族を超えた、おたがいさまの関係だろう。NPO=非営利活動というのは、そういう活動のはずではないのか。
しかし、それは市場経済の外部にあるのではない。市場に覆い尽くされてしまった社会の内部にあって、イメージしていくほかない。
青臭いようだけど、ジョン・レノンが“Imagine”と歌ったように、まずは想像することからしか、始まらないのだ、きっと。
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2011 10,03 22:28 |
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今日のづら研は、前回の「働くこと」をテーマにしたワークショップ(KJ法)を受けて、Tさんがレポートし、参加者で話し合った。同じテーマで行なった大学生の結果などとも比較し、いろいろなちがいが見えて、おもしろかった。
大学生に特徴的だったのは、働くことについて正社員をイメージしていること、そこに疑いがあまり見られないこと、出世や「やりがい」など、ポジティブな要素が多く見られたことだった。同じ大学生でも、女性だけのグループでは、「プライベート重視」「出会いの場」「ワークライフバランス」など、半身で仕事を捉えているのも、おもしろかった。
それに対して、づら研の20代メンバーに特徴的だったのは、ポジティブな要素が皆無でネガティブな要素が多かったこと、イメージがやや抽象的であること、想定されているのがバイトなど非正規雇用であること、お金を稼ぐことへの疑問や、自分を殺さないといけないことへの疑問など、“問い”が含まれていることだった。しかし、働いて一人前(の男!?)の価値観は根強いものがあるようで、“ひきこもり名人”勝山実さんが「半人前でけっこう」「安心ひきこもりライフ」というような、働かないことを肯定してしまうような言葉は見られなかった。
KJ法は、価値判断する前に、思いついた言葉を次々に出していくので、それだけに本音が出る面があるのだろう。後づけで考えたら、いろいろ疑問も出てくるが、それがおもしろかった。
低学歴のほうが、当然のことながら、むきだしの、キツイ労働にさらされる面がある。だからこそ、ついていけなさを感じ、現実と乖離して、抽象化してネガティブに捉えざるを得ない面があるのかもしれない。大学生の、比較的、楽観的な労働感を見ると、何かヴェールに包まれているようにさえ思えるところがあった。しかし、彼らもシューカツ前だったとのことで、それも現実にうち砕かれるイメージではあるのだろう。
むきだしの営利競争に勝ち残るか、負け組か――これでは戦場そのものになってしまう。前回、参加できなかったメンバーは、「私にとって、働くことのイメージは死だ」とまで言っていた。
私が働くことについて思ったのは、NPOなどで働くことが、もっと確立できたらよいのに、ということだった。かつては、もう少し、オルタナティブな生き方への希望があった。いまは、社会全体が余裕をなくすなかで、働くことへのイメージも、ものすごく貧困になっている。
しかし、成果主義、営利一辺倒の社会では、NPO活動さえも成果主義に呑み込まれてしまっている。営利目的ではなく、行政の枠組みでもなく、しかも受益者負担でもなく、となると、三重苦で“NPOプア”に追い込まれてしまう(いまの目前の現実!)。
メンバーのひとりは、「活動家として生きていけたらいいのに」とつぶやいていたけれども、活動家は、それを支えるチャリティ文化なりバックボーンがないと、やっていけない。ベーシックインカムが望ましいと思うのは、人が営利活動以外に労力を割けるようになるのではないかという期待があるからだ。営利は、煎じ詰めれば自分だけのためになってしまう。働くことは、他者とのつながりのなかにあるからこそ、やりがいにもなるのだろう。いまは、働くことが、あまりに営利の原理に侵されすぎたのだ。非営利で働くということについて、あらためて考えたいと思った。
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2011 09,02 07:46 |
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10/16(日)、ひきこもり名人こと勝山実さんをお迎えして、公開づら研を開くことにしました。
演題は、“働かないでどうするの?” 以下、案内文です。 …………………………………………………………………………………………………………………… 子どもが学校に行かないのはいいとしても、ひきこもってしまったらどうしよう? いまはいいとしても、将来はどうなるんだろう? ひきこもりをめぐって、不安や心配は尽きません。親がよかれと思ってやったことが、かえって本人を追いつめてしまったり、本人自身、焦りや葛藤のなかで疲れきってしまっていたり……。どんよりと、不安という雲がたれ込めて、世の中が灰色になってしまったかのように感じている人も、多いかもしれないです。
そんな、どんより曇天気分がカラっと晴れ渡ってしまうような、ひきこもりの極意とも言うべき本が刊行されました。『安心ひきこもりライフ』
おっと、“づら研”の説明も必要ですね。今年6月より開始した、生きづらさからの当事者研究会です。社会学者の貴戸理恵さんとともに、若者から定年を超えたダディまでいっしょになって、生きづらさを糸口に、いろいろ考え合ってます。今回は、ひきこもり名人を迎えての公開づら研。
「安心ひきこもりライフ」なんて、聞いただけで卒倒する人もいるかもしれません。「安心してどうする!」とお怒りの方もいるかもしれません。「働かないでどうするの!」と思ってるダディ&ママンも、「どうするの?」と不安な本人も、「具体的にどうするの?」と生き抜く知恵を知りたい人たちも、ぜひご参加を。
日 時 10/16(日)
午後1時~バザー
午後2時~勝山実ひきこもり名人のお話
午後3時半~公開づら研
午後5時半~交流会(夕食を兼ねて1品持ち寄りパーティ)
場 所 フォロ
参加費 1200円(NPO会員・支援会員1000円、保護者会員800円)
当事者500円
交流会:300円(一品持寄)
定 員 50名
主 催 NPO法人フォロ
Tel06-6946-1507/Fax:06-6946-1577
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