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なるにわ ぶろぐ

「なにものか」でなくともよい場所、なるにわのブログです。
なるにわの活動、づら研などについて
おもに、コーディネーターの山下耕平が書いてます。

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カテゴリー「「現場」プロジェクト」の記事一覧

熊野にて-2

今回、出会った人のなかで、共育学舎の三枝孝之さんは、とりわけステキな人だった。私自身、お会いするのは三度目なのだが、三枝さんとお話するときは、あまり言葉を尽くさなくても話が通じるので心地がよい。よく田舎で農業体験とかいうと、ひきこもりや不登校の当事者に「よい経験」をさせてあげて、就学や就職をできるよう「支援してあげたい」みたいなところが多いが、そういう支援臭や説教臭さがまったくない。そのためか、集まっている若い人たちも、へんに語りたがる人たちではなくて、何か根の部分で共鳴できる感じがした(むしろ、こちらの口数の多さが恥ずかしい……)。
 
「農業というのは自営で、つまりは自分の裁量で生きていけること」と三枝さんは話す。種をまけば作物は育ってくれるわけで、収量を上げるために工夫もできるが、さほどがんばらなくても、育ってはくれる。自然の恵みであると同時に、自然は予期せぬことも起き(昨年の水害で共育学舎も甚大な被害を受けている)、そのままならない自然を相手に、自分のできることをして生きていく。ひたすら換金するために、自分のペースを超えて自分や作物に無理をさせるのではなく、自分たちの食べるぶんを確保することを第一にして、あまったぶんは換金する。それ以上は目指さない。そのように語る三枝さんは、軸がブレないというか、とても自在に生きているように思えた。
 
「多くの人は学校教育のせいか、自分の外に正解があって、それに合わせて生きないといけないと思っている。だけど、そんなものはどこにもなくて、自分の中にあるものを大事にすればいい」「いまの世の中の仕組みは破綻しているのだし、若者は立ち止まったほうがいい」などなど、共感できることをたくさんおっしゃっていた。
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おいしいご飯をたくさんいただいて、少しだけ農作業(田んぼの草取り)を手伝わせていただいて、わずかの滞在のあいだに、ずいぶん、いろんなものをいただいたように思う。お世話になったみなさんに感謝の念を込めつつ、ご報告まで。





写真は田んぼの草取りのようす。いまは除草剤を使うのが一般的なので、使わなくなった道具だそうです。
田んぼにはオタマジャクシやらイモリやら、小動物がたくさんいました。
 

熊野にて-1

和歌山・熊野に行ってきた。田辺市の山奥で古民家を開放している共生舎、木材の伐採現場、炭焼き小屋、有機農法で自給自足を実践している共育学舎など、あちこち行かせていただいた。案内してくださったのは佐藤洋一さん。佐藤さんは、元東京シューレのスタッフで、10年以上前、半年ほどだったか、私もいっしょに仕事をしていたことがある。その後、佐藤さんはIターンで熊野で林業に携わるようになり、いまは炭焼き修行のかたわら、子どもの遊び場を主宰している。ガタイの大きい佐藤さんだが、炭焼きの仕事は命がけのようだ。原木の伐採は、ひとつまちがえばプロ中のプロでも命を落とす。炭を焼くのは釜の中に入り込んでの作業で、ものすごい重労働だ。炭の遠赤外線で、身体の内側まで熱くなるという。
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それでも仕事を続けているのは、きっと“自然”の手触りみたいなものに感じ入るものがあるからなのではないか。そんなふうに感じた。たとえば木材の伐採現場は、斜面をガバッと伐採していて、素人目には破壊でしかない。しかし、田んぼと同じように、また樹を植えて、自然のサイクルを読みとりながら、循環させていく営みでもある。森の営みはとても複雑で、単純に樹を植えればいいというものではないようだ。あるいは炭焼きにしても、備長炭は原木の15%ほどに縮むそうで、何か鉱石から金属を精錬する作業にも似ているように思えた(ちなみに備長炭は金属音がする)。自然の表面をなでるのではなくて、踏み込むがゆえに感じる手触り……。それは、きっと子どもと関わることにも通じるものがあるように思う。
 
佐藤さんは、自分の直観を大事にしながら、なんとか、そのへんをつないで活動をしようとしているのではないかと思う。まあ、これは勝手な私の感想なので、トンチンカンなようだったら、佐藤さん、おしかりください。 (つづく)

アンドロイドに会ってきました

空堀で「アンドロイドの館」という企画があるというので、行ってきました。 
最初は「機嫌が悪く」予定時間を1時間ほど遅れて開始。お店に入ると、アンドロイドのフミコさんが迎えてくれました。
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オーダーを受けて、マスターに通して、お客さんとおしゃべり。
今日はまばたきや眼を動かすことができなかったようですが、それでも表情やしぐさが人間らしく、テレビなどで観ているときとちがって、何か間合いのようなものが通じている感がありました。

フォロにも来てくれないでしょうか?



島根に行ってきました。

IMG_3023.JPG島根に行ってきました。
松江市にある若者の居場所「YCスタジオ」と、子どもの居場所「フリーダス」と交流してきました。YCスタジオ代表の木村衣月子さんはじめ、メンバーのみなさんと、ゆったりと交流ができたこと、得がたい経験でした。

美しい宍道湖の夕日をながめ、情緒ある松江市街をめぐり、おいしいお魚をたくさんいただいて、心身ともに元気をいただいて帰ってきました。

木村さんには、『Fonte』連載企画のインタビューもお願いしました。近く、記事になる予定です。いま、子ども・若者をめぐる状況は厳しくなる一方ですが、横につながっていくことで、開けてくるものがあると、あらためて実感しました。くわしくは、また追々、書いていければと思ってます。ひさしぶりのブログ更新でした。

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松江城内の稲荷神社のおいなりさま。






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フリーダスの階下におられたお豚さま。

狛犬めぐり

新緑の気持ちよい、さわやかな陽射しのなか、住吉大社に狛犬めぐりに行った。案内していただいたのは、先だって、「狛犬から世界が見える」と題して、お話しに来ていただいたマキさん。住吉大社は、大阪の狛犬のメッカだという。事実、住吉大社には11対もの狛犬がおり、しかも、年代も素材も意匠もまちまち。じつにさまざまな狛犬がいた。

komainu01.JPG戦中につくられたものは、国威発揚のためか、異様に鳩胸でマッチョ志向だったりするが、江戸時代につくられたものなどは、なよっとしていて、とってもかわいい。狛犬によっては劣化も激しく、なかにはアゴが落ちてしまっているものもいたり、コンクリで雑に修復されていたりした。あまり重要視されていない所以だろう。ただ、一方では、ちゃんと手作りの前かけをしてもらっていたりしていて、民衆には愛されていることがよくわかる。また、よく見ると、足にひもが結ばれていたりした。マキさんに聞くと、縁が切れないようにするためのおまじないらしく、神社の人たちも、取るに取れないらしい。なかには針金でしっかり結ばれているものもあり、その情念には、ちょっとたじろいでしまった。


komainu03.JPG結局、たっぷり2時間かけて、狛犬をめぐらせていただいた。それは、とっても心地のよい時間だった。神社のところどころに、じつに控えめに、立ち続けている狛犬たち。それはちょっと、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ……」を思い起こさせるものがあった。
ひととおり、めぐり終えたあと、近くの喫茶「タンポポ」でコーヒーをいただいた。開いているのかどうかさえわからない店のたたずまい。店に入ると、マスターが驚いたように出迎えてくれた。36年前から営業しているが、「ここ20年は開けているだけ」だという。でも、コーヒーは、わりとおいしかった。ここでも、ゆったりとした時間を過ごさせていただいた。最後まで、狛犬的な時間だった。


樹の治療現場

tree01.JPGアドヴァイザーのひとり、樹医の盛田直樹さんにお声かけいただいて、樹の治療現場に参加させていただいた。治療するのは枚方市のホースセラピー牧場にあるヒマラヤスギ。高さは15~16mくらいだろうか。毛虫に食い荒らされて、見るからに元気がない。シロート感覚では、ついつい毛虫を駆除すればいいんじゃないかとか考えてしまいそうだが、そもそもは樹のバランスが崩れてしまったことが病気の原因。その状態を放っておいて虫だけ駆除しても解決にはならない。

盛田さんの見立てでは、病気の原因は表面を覆う土だった。この場所は、もともと紡績工場が建っていたところで、解体後、建物のガレキごと残土で埋め立てたようで、30~50cmほど埋めたてられ、ブルドーザーでガチガチに整地されていた。そのため、雨水も染みこまず、根っこが呼吸することもままならず、いわば呼吸困難な状態になってしまっていた。治療に必要なのは、表面の残土をとりのぞき、排水路を確保すること。木の枝の拡がる範囲、半径5mほどを掘り返していく。

かなりの範囲はユンボで作業するが、樹の近くはスコップで作業。掘り出した残土は一輪車のモッコ(?)で運び出す。掘っていると、レンガやらタイルやら、いろんなものが出てくる。やさしくない土だ。

1日目は、この作業で終わった。私たちが参加したのは半日だけ。しかも、役に立ったとは言いがたい軽作業にもかかわらず、身体がガタガタ。へっぴり腰というコトバが身に染みた……。土を掘るのも手作業ではタイヘン。運ぶのもタイヘン。土の重たいこと。開墾した人ってすごいなとか、大阪城の石垣なんてどうやって運んだんだろうとか、物思いにふけってしまった。

お産の現場

9月25日、京都のあゆみ助産院にうかがった。あゆみ助産院は、自然分娩でお産のできる助産院だ。いま、産科医の不足が大問題になっているが、もともと、出産は病院にかかるものではなかったはずだ。ちょっと前の世代の人だったら、自宅で産まれた人がほとんどだろう。それは、考えてみたら不思議なことだ。病気でもないのに病院に行くのは、出産くらいではないだろうか? 助産婦の左古かず子さんは、病院での出産が主流になったことに疑問を抱き、1989年にあゆみ助産院を開業した。
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当日は、助産院のなかを見学させていただいたあと、まず、生後4日目の赤ちゃんに会わせていただいた。ほんとうに小さく、何かふわっとした空気に包まれている――。その後、左古さんは、お産について、いろいろ話してくださった。

下水、クルーズ、大阪湾

尼崎から芦屋にかけての海域をめぐるクルージングに参加させていただいた。先日、お話しに来ていただいた日本下水文化研究会の企画で、関西支部長の木村さんから、お誘いいただいたのだ。

尼崎港管理事務所に集合し、クルーザーで海へ。船の立てる泡は褐色だが、空は青々とした晴天で波はおだやか。気持ちよかった。汚い海ではあるものの、魚や海鳥がたくさんいる。出発した桟橋近くには、ウナギまでいた。
海に出て、周囲を見まわすと、大阪方面から神戸のほうまで、メタリックな工場が海辺を埋め尽くしている。巨大な工場、土砂の山、ゴミの埋立地……いかにも殺伐とした風景のなか、おだやかな海がのたりのたりと波打っている。工業地帯の海は、自然と人工物が際立って不調和に成り立っている。埋立地が居心地が悪いのは、きっとこの不調和のせいだ。
だけど、この殺伐とした海辺に、世界中から、いろんな原料が到着し、加工され、あちこちへと運ばれていく。あるいは逆に、海外に輸出されたり、都市から出たゴミや下水が海へと流れこんでいる。私たちの生活は、それによって成り立っている。
船に揺られながら、海鳥はこの風景をどのように見ているのだろうと、ぼんやり考えていた。


野宿者夜回りに参加して

今日のサロンでは、野宿者ネットワーク代表の生田武志さんにお越しいただき、野宿者の問題について、3時間にわたってお話しいただいた。そして、その後、同ネットワークの夜回りに参加させていただいた。 生田さんのお話には、学ぶことがたくさんあったが、まとめるのに少し時間も要るので、その報告は後日にさせていただき、さしあたって今日は、夜回りに参加しての感想を書いておきたい。

夜回りというのは、野宿している方々に声をかけて回り、襲撃の有無をたずねたり、医療や炊き出しについての情報を伝えて回ることだ。おにぎりなどを配っている団体もあるが、野宿者ネットワークでは、話を聞いたり、伝えたりすることを行なっている。つい先日も、放火事件があったとのことだった。
私たちが回らせていただいたのは日本橋界隈。19時半に釜ヶ崎の「ふるさとの家」に集合し、20時ごろから22時ごろまで、夜回りをした。三々五々にわかれ、私は裏道のほうを回らせていただいた。ふだんだったら気づかないような場所、軒下や高架下に、ポツポツと、段ボールで小さな寝床をつくって寝ている人たちがいる。「野宿者ネットワークです。おかわりありませんか?」と支援者の男性が声をかけると、しばらしくして、毛布のなかから、モゾモゾと顔を出して「ご苦労さん、ありがとう。大丈夫やで」といった返事が返ってくる。なかには、行政の人間に「こんなところにいたらアカン、立ち退け」と言われた人もいて、「どこ行けっていうんねや!」と憤慨しながら語る人もいた。立ち退けと言われても、行く場所がないからこそ路上に寝ているのだ。
説明を受けながら歩いていると、高架下など雨露のしのげそうな場所のあちこちに、フェンスや突起があって、寝場所を確保できないように細工してある。水を撒いているところもあって、つめたい悪意を感じた。それが行政によって、お金がかけられた悪意であることが、許しがたい。
今晩は、ひさしぶりに冷え込み、つめたい雨の降る夜だった。なんばの明るいネオンの影で、ひっそりと暗がりに寝床をかまえる人たち。声をかけてまわるというのは、とても地道な、ささやかな支援かもしれない。しかし、孤立して路上に寝ている人にとって、つながりがあるということは、どれほど大切なことだろう。夜回りを続けている方々に、頭の下がる思いがすると同時に、自分たちの問題として、どう考えられるか、つらつらと考えていた。「いい経験をさせてもらった」というような、自己満足で終わりにはしたくない。


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「なにものか」でなくともよい場所、なるにわ(NPO法人フォロが開いてます)。毎週土曜日の午後にサロンを開いているほか、づら研(生きづらさからの当事者研究会/月に1回)、終末ティータイム、冊子『もじにわ』刊行、なるにわラジオ配信などの活動をしています。ブログは、おもにコーディネーターの山下耕平が書いています。

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